第36回(平成30年度)
大阪科学賞(OSAKA SCIENCE PRIZE)受賞者の横顔
略歴:
1998年 3月 東京大学大学院医学系研究科 修了
1998年 4月 理化学研究所基礎科学特別研究員(2001年3月まで)
2001年 3月 理化学研究所脳科学総合研究センター研究員(2001年11月まで)
2001年12月 科学技術振興機構さきがけ研究員(2005年3月まで)
2005年 1月 北海道大学電子科学研究所教授(2012年2月まで)
2012年 3月 大阪大学産業科学研究所教授
2014年 4月 同副所長(2017年8月まで)
2015年 9月 大阪大学副理事(産学連携担当)(2017年8月まで)
2017年 4月 大阪大学栄誉教授
2017年 4月 大阪大学産学共創本部イノベーション共創部門長
2017年 9月 大阪大学副理事(共創機構担当)
2018年 1月 - 2018年11月現在 大阪大学先導的学際研究機構超次元ライフイメージング部門長
研究業績:蛍光・化学発光タンパク質の開発と応用展開
地球上にはホタルのように発光する生物が数多く存在します。これらの発光生物は、光のエネルギーを得て光る蛍光タンパク質や化学エネルギーを利用して発光現象を引き起こす生物発光タンパク質を細胞内に有しています。これまで、様々な発光性タンパク質の遺伝子が同定され、光る仕組みが調べられてきました。また、もともとは光らない細胞に導入し、特定の細胞や細胞内小器官、タンパク質を光らせて顕微鏡下で観察するためのツールとして利用され、多くの生物学的な発見につながってきました。しかしながら、蛍光観察では光照射に付随する細胞の光損傷によって長時間の観察ができないという問題がある一方、生物発光タンパク質は、発光シグナルが極めて弱いため実時間での観察ができませんでした。そこで永井健治氏は、生物発光タンパク質と蛍光タンパク質のハイブリッド化を行い、青、緑、赤を含む様々な色の高光度発光タンパク質(ナノランタン)を開発し、上記の欠点を克服することに成功しました。また、ナノランタンを改変してカルシウムイオンやアデノシン3リン酸などの生理活性物質や細胞の膜電位を検出する発光性バイオセンサーの開発にも世界に先駆けて成功しました。同氏の開発した技術は、生体内で起きる遺伝子発現や細胞内情報伝達などの諸現象を細胞から個体レベルに至る様々なスケールで可視化することを可能にし、世界中の研究者によって利用され、数多くの生命科学や医学、薬学研究に大きく貢献しています。さらに、ナノランタンの遺伝子を植物に導入することで電力不要の街路灯や環境汚染物質をセンシングして光る植物など、斬新な概念を提唱し、未来社会の創造に大きく貢献する技術の開発が期待されます。
第36回大阪科学賞 記念講演
蛍光・化学発光タンパク質によるバイオセンサーの開発と応用展開
〜バイオイメージング技術からスマート社会に役立つ技術への展開〜
大阪大学産業科学研究所 教授(栄誉教授) 永井健治
1.はじめに
生命はたくさんの生体分子の働きで維持されています。これら生体分子の働きを理解することは、がんや脳疾患など様々な病気の解明はもとより、「生きているとはどういうことか?」という生命科学最大の謎に迫ることが可能になります。“バイオイメージング”技術は、生きた細胞内で機能する様々な生体分子を「観て」理解するまさに「百聞は一見に如かず」的な技術であり、今や生きものを扱う研究において不可欠な技術として利用されています。とりわけ遺伝子にコードされた発光性バイオセンサーは遺伝子導入技術の進歩により、多種多様な細胞や組織、或いは個体に発現させて観察することができるため、今後益々その需要が高まるものと期待されます。本講演では発光性タンパク質が有する物理化学特性等を利用してどのようにバイオセンサーをデザインするのか、またそれを用いてどんな生命現象が観えるのかなどを示しながら、バイオイメージングの最先端を概説します。さらに、生物発光に関わる遺伝子を植物に導入することで実現しうる電力不要の街路灯や環境汚染物質を察知して光る植物デバイスなど、スマートシティーの実現に大きく貢献する可能性をもつ数々の未来技術についても紹介します。
2.蛍光タンパク質と化学発光タンパク質
自然界には発光バクテリア、発光キノコ、夜光虫、発光クラゲ、ホタルなど、実に様々な種類の発光生物が存在します。何のために光るのかというと、例えば外敵への威嚇、自己防衛、外的からの逃走、食餌動物の誘引、同種族間の標識、雌雄の合図、はたまた生物が活動する際に生み出される有害な“活性酸素”を除去するため等々、諸説飛び交っています。しかしながら、実のところ本当の意義はよく分かっていません。
さて、“発光”現象で思い浮かぶ身の回りのものと言えば、雷や蛍光灯、LED、或いはろうそくの炎でしょうか。これらはいずれも発光のためにエネルギーが必要です。発光生物も例外ではなく、光のエネルギーを利用する“蛍光発光型”と化学反応のエネルギーを利用する“化学発光型”に分けられます。
蛍光発光型の例として名高いのが下村脩博士らによって1962年にオワンクラゲから単離された緑色蛍光タンパク質(GFP)です。その遺伝子は30年後の1992年に単離され、さらに1994年にGFP遺伝子の導入によって他の生物にも蛍光を作り出せることが証明されました。この実験結果は、GFPの蛍光獲得にはオワンクラゲ特有の酵素も必要なければ補助因子も必要がないことが判明したという点で、非常に大きな意味を持っています。つまり、遺伝子さえ導入できれば、さまざまな生物のさまざまな部位に蛍光を作り創り出すことができるのです。それ故、1990年代後半以降GFPを用いた生命科学研究は爆発的に増加し、2008年のノーベル化学賞に結びつきました。もちろんGFPの進化もこの爆発的な応用研究の増加に一役買っています。例えば、GFPにアミノ酸変異を導入することで、BFP(青色)、CFP(シアン色)、YFP(黄色)の各色蛍光タンパク質が開発され、スナギンチャクというサンゴの一種からdsRed(赤色)が発見されました。これらの蛍光タンパク質は、特定のタンパク質に蛍光タグとして連結することで、生きた細胞内での局在や動きを顕微鏡下で観察したり、調べたい遺伝子プロモーターの下流に蛍光タンパク質遺伝子をつなげて細胞に導入し、蛍光シグナルの増減を計測することで遺伝子の活性化を解析するなどの用途に用いられてきました。
一方、化学発光型の典型例がホタルの発光であり、ルシフェラーゼ(Luc)と呼ばれるタンパク質が発光の主役です。ルシフェラーゼという言葉は化学発光反応を触媒する酵素タンパク質の総称で、発光する生物はそれぞれに固有のルシフェラーゼと発光基質(ルシフェリン)をもっています。例えば、ホタルの場合はホタルルシフェラーゼ(FLuc)とD-ルシフェリン、ウミシイタケ(刺胞動物)の場合はウミシイタケルシフェラーゼ(RLuc)とセレンテラジン、という具合です。こられの組み合わせによって発光現象が生じるわけですが、発光シグナルが弱いため、リアルタイム観察が必要なバイオイメージングにはほとんど利用されて来ませんでした。また、蛍光タンパク質と異なりルシフェラーゼの遺伝子を導入しただけでは光らず、外部からルシフェリンの添加が必要である点も、バイオイメージングへの応用の足かせになっていました。
3.高光度化学発光タンパク質(ナノランタン)の開発
このような様々な足かせがあるものの、蛍光イメージングにないメリットが化学発光イメージングにはあります。蛍光観察では一般的に1W/cm2程度のパワー密度(真夏の炎天下で降り注ぐ光以上)を有する強い光を照射しなければならず、照射される細胞の中で様々な光反応が起き、細胞に大きなダメージ(光損傷)が生じてしまいます。一方、化学発光イメージングでは原理的に光損傷は生じません。従って細胞を健康な状態で長時間観察することが可能であると考えられてきました。それ故にリアルタイム観察が必要ではないゆっくりした現象の観察には長年用いられてきました。もし、光照射の必要がない化学発光シグナルでリアルタイムに観察することが可能になれば、光損傷なく長時間にわたってリアルタイム観察が可能な次世代バイオイメージング技術になるに違いありません。そのためには、化学発光シグナルの増強が必要です。
ルシフェラーゼなどの化学発光タンパク質の発光シグナルが弱い理由は、発光効率が低いためであることが既に明らかになっています。例えば上述のRLucの場合、発光効率は約5%であり、これは代表的な蛍光タンパク質GFPのそれの1/10以下です。私たちは手始めにRLucにランダムなアミノ酸変異導入を行い、明るさを改善する変異を探索しましたが、それだけではRLucの発光効率を飛躍的に上げることはできませんでした。そこで、フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)」という現象を利用して発光効率を飛躍的に上昇させる事を着想しました。FRETは発光基質が光を放出するために使うエネルギーが近傍に存在する蛍光タンパク質に移動する現象です。FRETが起こると結果として化学発光タンパク質ではなく蛍光タンパク質が光を放出します。化学発光タンパク質よりも蛍光タンパク質の発光効率が高い場合、発光量が増える事になります。これは本来熱として放出されていたエネルギーが光に変換されるためです。この熱→光変換による発光強度の増強を実現するために、私たちはRLucと以前私たちが開発した黄色蛍光タンパク質Venus(発光収率70%)を極めて高い効率でFRETが生じるようにハイブリッド化したタンパク質を作製しました。その結果、RLucに比べて実に10 倍以上も明るく発光することが確認されました(図1)。化学エネルギーで発光するナノスケールの光源という意味を込めてこのハイブリッドタンパク質を「ナノランタン」と名付けました。もともとナノランタンは黄緑色ですが、多色化を目指し、分子サイズが小さく発光活性が高いヒオドシエビ由来のルシフェラーゼであるNLucに対して様々な色の蛍光タンパク質をハイブリッドし、シアン、緑、黄、橙、赤の計5色のナノランタンを開発することに成功しました(図2)。
【図1】ナノランタンの構造模式図と発光スペクトル
【図2】各色ナノランタンシリーズ
4.ナノランタンを用いた細胞~個体レベルでのイメージング
生体内で実際に明るく発光するという事を示すために、まず培養細胞での検証を行いました。その結果、1細胞内の5つの微細な構造を標識し同時計測すること(図3)や、ビデオレート(1秒間に30枚の画像を取得)での細胞イメージング、1つの分子複合体から発する化学発光シグナルのイメージング、など従来の化学発光イメージングでは不可能であった顕微観察を実現しました。
また、ナノランタンを発現させた癌細胞をマウスの皮下に移植して、ナノランタンの発光で癌細胞を検出する実験を行いました。これは癌細胞の成長・転移を調べるためにこれまでも蛍光や化学発光を用いて行われきたマクロ観察です。これまでは蛍光で検出する場合は励起光を当てるためにマウスの毛を剃って光の透過性を上げる必要がありました。化学発光で検出する場合は発光シグナルが弱いために、麻酔して動かないようにして長時間露光撮影する必要がありました。私たちは、これらの処置をする事無くナノランタンを用いる事で、自由に動き回るマウスの背中で光る癌組織を実時間で観察することに世界で初めて成功しました(図4)。
【図3】細胞小器官のマルチカラー画像
【図4】動き回るマウスにおける移植がん組織のビデオレートイメージング
5.ナノランタンを利用したバイオセンサー
さらに私たちは、細胞内セカンドメッセンジャーとして信号伝達に関わるカルシウムイオン(Ca2+)や細胞内エネルギー通貨であるアデノシン3リン酸(ATP)を検出する発光性バイオセンサーを開発に取り組みました。これはナノランタン内のルシフェラーゼを半分に分割し、Ca2+やATPのそれぞれに結合して構造が変わるタンパク質配列を挿入する事で達成できました。これらの開発によって、ビデオレートでのiPS細胞由来の心筋細胞における各種薬剤応答の解析(図5)や、これまで自家蛍光や光応答の問題があり蛍光での観察が困難であった植物の葉を試料に用い、ATPの光合成による産生や呼吸による消費が起こる様子を解析することに世界で初めて成功しました。さらに、世界初の化学発光膜電位センサーを開発し、自由行動下にあるマウスの1次視覚野の脳活動をリアルタイムに計測し、歩行速度と脳活動の連関などを見出しました。
【図5】ナノランタンに基づくカルシウムイオンセンサーの構造模式図とそれを利用したカルシウム動態の長時間観察
6.自発光植物で地球を救う
このように、ナノランタンは生命科学研究に新たな火を灯したと言っても過言ではありませんが、私たちはこの灯をより身近なものに応用し、未来の社会にも火を灯したいと考えています。
人類社会の存続にとって喫緊の課題は「地球環境の劣化に歯止めをかけることである」ことは言を俟ちません。特に、化石燃料や原子力などの利用による地球環境の劣化、例えば、地球温暖化や酸性雨、砂漠化、海洋汚染などは近年著しく増加しています。電力なくして今の社会は成り立ちませんが、もし10分の1の電力でも節約できれば、その分だけ化石燃料や原子力の利用を減らすことができ、結果として地球環境の劣化スピードを大きく遅らせる、或いは歯止めをかけることができるかもしれません。そこで私たちはナノランタンが電力を必要としない化学エネルギーで光ることに着目しました。現在は発光基質であるセレンテラジンを外から加えていますが、発光生物の中には自らセレンテラジンを生合成しているものもいます。この仕組みを解明し、ナノランタンと共に樹木や花のゲノムに導入すれば、自発的に高効率に光る植物の創出が原理的に可能になります。そのような自発光植物による照明を実現すれば、地球上で照明用に利用されている電力を大幅に削減することが可能になります。このことの社会的なインパクトは計り知れず、新たな産業革命を引き起こす可能性さえあるでしょう。
私たちはその第一歩としてナノランタンの遺伝子を導入した三色に光るゼニゴケを作製することに成功しました(図6)。暖かみのある柔らかなその光を見つめていると心が癒されます。蛍光灯やLEDなどの人工の光にはない不思議な力がそこにはあります。その光で世界を灯すのが私たちの夢です。現状はセレンテラジンを外から振りかけていますが、セレンテラジンの生合成に関わる遺伝子をゲノムに導入し、自発光化を実現します。まだまだ小さな一歩を踏み出したにすぎませんが、この一歩がいずれ大きな潮流を作ると信じています。
【図6】3色に光るゼニゴケ
7.おわりに
科学史家トーマス・クーンの著書『科学革命の構造』には、科学の歴史は累積的なものではなく、断続的に革命的変化が生じると記されています。私もパズル解きのような通常科学ではなく、パラダイムシフトを起こすような革命科学に挑戦したいと常日頃思っています。そのためには、人が思いもよらない『変なこと』を見つけないといけないし、考えないといけません。そういう思いで研究していると必然的に楽しくなってきます。研究の世界においてはトレンドに乗るのが一般的ですが、主流のテーマには先行・類似研究がたくさんあり、ついていくのは大変です。私は「主流の反対側に必ず宝の山があるはず」と信じて研究を行ってきましたし、今後もその信念は変わりそうもありません。座右の銘は「自我作古(われよりいにしえをなす)」です。これは、簡単に言うと「道なきところに道を作る」「自身が歴史を作る」という意味です。そんな研究をしてみたい方、いつでも研究室のドアをノックして下さい。
用 語 集
蛍光タンパク質
蛍光タンパク質はその構造の中に蛍光団を有するタンパク質の総称である。もっとも著名な例として知られる緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein, GFP)は、紫外または青の光を吸収して緑色の蛍光を発する、分子量約29 kDaのタンパク質である。GFPはその発光過程において、基質や補因子を必要としないという特徴をもつ。
化学発光タンパク質
化学(生物)発光では、酵素タンパク質が発光物質の化学反応を促進し、その化学反応のエネルギーが光へと変換される。このときの発光物質の総称がルシフェリンで、酵素タンパク質の総称がルシフェラーゼである。従って、ルシフェリン、ルシフェラーゼの実体は、生物種によって異なっている。下村脩博士により発見されたイクオリンはルシフェリンとルシフェラーゼが分離できない複合体として精製されるため、フォトプロテインと定義されている。化学発光タンパク質はルシフェラーゼとフォトプロテインの総称である。
ナノランタン
化学発光タンパク質と蛍光タンパク質のハイブリッドにより構成される高光度発光タンパク質の総称。タンパク質の大きさはナノ・メートル(100万分の一ミリ・メートル)程度であることから、ナノ・メートル程度の大きさの提灯という意味でナノランタンと名付けられた。
フェルスター共鳴エネルギー移動
フェルスター共鳴エネルギー移動(Förster Resonance Energy Transfer,略して「FRET」)とは、ある発光性分子(ドナー)の発光スペクトルと、もうひとつの光吸収性分子(アクセプター)の吸収スペクトルに重なりがある場合、この二つの分子が近接し、かつ両分子の双極子モーメントが適切な方向関係にあると、ドナーからの発光が起こらないうちに、その励起エネルギーがアクセプターに無輻射的に移動しアクセプターを励起する過程をいう。
バイオイメージング
細胞・組織または個体レベルでイオン、生理活性分子、タンパク質などの分布・局在を捉え、その動態や機能を画像として解析する技術のこと。
スマートシティ
太陽光や風力での発電など再生可能エネルギーを効率よく使い、環境負荷を抑える次世代環境都市。エネルギーや交通などをITを利用して制御し無駄をなくす。家庭同士やオフィスビル同士と発電所などを双方向で通信できる情報網と送電網でつなぎ、ある家庭で余剰な電力を不足している家庭に送電するなどして需給バランスを最適に保つスマートグリッド(次世代送電網)などが中核技術となる。(出展 朝日新聞)
大阪科学賞 運営委員会事務局