• 第38回(令和2年度)

    大阪科学賞(OSAKA SCIENCE PRIZE)受賞者の横顔

     

    石井  優 (いしい まさる) 

     

    現職: 大阪大学大学院生命機能研究科 教授

    http://www.icb.med.osaka-u.ac.jp/index.html

    略歴:

    1998年3月  大阪大学医学部医学科卒業

    1998年6月  大阪大学医学部付属病院 医員

    1999年6月  国立大阪南病院 臨床研修医

    2000年4月  大阪大学大学院医学系研究科 助手

    2005年4月  博士(医学)所得(大阪大学)

    2005年7月  国立病院機構大阪南医療センター 医師

    2006年6月  米国国立衛生学研究所・国立アレルギー感染症研究所 客員研究員

    2009年4月  大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任准教授

    2011年4月  同特任教授

    2013年4月 - 2020年11月現在 大阪大学大学院生命機能研究科(医学系研究科) 教授

     

  • 研究業績:生体イメージングの技術開発と免疫細胞ダイナミクスの統合的解明

     

    私たち動物は、その名の通り“動く物”であり、動きは生命の本質と言えます。私たちの体の中では、様々な種類の細胞が動き回って仕事をしていますが、それらの動きは一見するとランダムに見えることもありますが、実は精密にコントロールされています。一例を挙げますと、私たちの体の中で外敵から身を守ったり、全身のメンテナンスを担っている免疫細胞たちは体内を隅々までくまなく動き、体の中の特定の場所・環境で会合して情報交換をすることにより、正常な免疫反応が維持されています。
    このような動きのあるシステムの研究には、これまでのように組織を切り出して顕微鏡で観察するといった方法では不十分です。なぜなら、切り出した時点で細胞は死んでしまうので、動かなくなるからです。細胞の動きを見るためには、「生きた細胞」を、「生きた組織」「生きた体」の中で観察する必要がありました。私は深部組織の観察に適した“多光子励起顕微鏡”という特殊な顕微鏡を活用して、生きた細胞の生きたままの動きのある世界を観察すること(=生体イメージング)を可能にしてきました。特に私は、極めて困難であると言われていた硬い骨の中を、生きたまま傷つけずに観察することに成功し、骨を壊すマクロファージである破骨細胞の実際の姿を世界で初めて明らかにしました。見えたことにより、破骨細胞は血液中をパトロールしている単球から発生することや、正常な骨の健康を維持している破骨細胞と、関節リウマチなどで病的に骨を破壊する細胞は異なる細胞であることなどを発見しました。これらの知見は骨破壊を抑える新しい治療法や、切り取らないで生きた組織を観察する新しい診断法の開発に繋がっています。
  • 記念講演:生体内ライブカメラで見る“動く細胞たち”の世界」

     

    *動画で記念講演をご覧いただけます。

     

     

     

  • 第38回大阪科学賞 記念講演

    「動いて、はたらく」細胞たちの世界に魅せられて

     生体イメージングで紐解く、免疫細胞ダイナミクスの謎

    大阪大学 大学院生命機能研究科(医学系研究科・医学部) 教授
    石井 優

     

     

     

     交差点を縦横に渡る人の群れ、道路を走る車の列、乗客を乗せて往来する電車・・・この日々繰り返される人々の統率された「動き」が、社会という生命活動を支えています。同様に我々の体の中においても、役割の異なる多種多様な細胞が動き回り、それぞれの持ち場で特徴ある機能を発揮することによって、複雑な生体システムが構成されています。最も典型的な例は免疫システムであり、リンパ球やマクロファージといった免疫細胞は体内をくまなく動き、生体内の特定の環境で会合して情報交換をすることにより、正常な免疫応答が維持されています。動物とは、その名の通り「動く物」です。「動き」は生命活動の本質であり、死体にはありません。我々の生きた体を支えるために、細胞がいかに動き、動かされるのか、“動く細胞の社会”の解明は、生物学研究における本質的で重要な課題であります。私はこの体の中で、生きて動いてはたらく細胞たちの世界を解明すべく、生体イメージングという技術を用いて研究しています。

    人間社会
    細胞社会

    人間社会(上)と細胞社会(下)の動く世界

    1.はじめに~生物学とイメージングの歩み

     「イメージング」とは、見えないものを見えるようにする作業です。『Seeing is believing(百聞は一見に如かず)』と言われるように、「見る」ことは人間の五感の中でも特別な位置を占めています。実際に、私たちの研究の世界でも「見た」ことによって初めて「分かった」と感じ、新しいアイデアの湧出・画期的なコンセプトの発見へとつながった例は枚挙にいとまがありません。逆に、いくら証拠を積み重ねても「見ない」限りは、『群盲象を撫でる』が如く、しっくりと理解できないような感じがしてしまう。生物学・生命科学における顕微鏡・イメージング技術の進歩の歴史は、まさに「見えないものを見えるようにしたい」という人間の飽くなき挑戦の歴史であります。

    17世紀後半、オランダの眼鏡職人であったレーウェンフックが顕微鏡を試作し、イギリスの学者ロバート・フックがこれを改良して生物のミクロの世界を初めて観察しました。これによって、生物の基本構成単位である「細胞」の発見をもたらし、近代生物学の幕開けへとつながりました。それ以降、イメージング技術の進歩は、生物学の進歩と常に歩調を合わせて進んできたと言えます。19世紀後半には、現在の顕微鏡の原型はほぼ確立していましたが、20世紀に入りイメージング技術は、さらに大きく様々な方向に発展を遂げていきます。その一つが、「より深く・より鮮明に・生きた組織で」で見る方法の開発であり、この究極型が「多光子励起顕微鏡」です。

    2.多光子励起顕微鏡の開発と応用

     蛍光観察では、注目する細胞や分子などを蛍光分子で標識します。蛍光分子は一般に、エネルギー的に低い状態(基底状態)と高い状態(励起状態)がありますが、普段は基底状態にある。このエネルギー差に相当する光(光子)を当てると、蛍光分子はこのエネルギーを吸収して励起状態になるが、自然にまた励起状態へと戻っていきます【図1上】。この際、そのエネルギーに相当する光を放出し、これを観察しているのが蛍光観察です。ところで、当てた光子(励起光)よりも、出てくる光子(蛍光)の方が常にエネルギーが低く(エネルギーは必ずロスされる)、このため、蛍光は励起光よりも波長が長い(ストークスシフトと呼ぶ)。この波長の差を利用して、半透鏡(ダイクロイックミラー)やフィルターを使って光路を分けて観察するのが蛍光顕微鏡です。

     

    多光子励起顕微鏡の最大の特徴は、蛍光観察の際に、光子1個ではなく、複数(通常は2個)の光子を蛍光分子に同時に当てることにより励起させる点にあります。光子1個 対 蛍光分子1個 による1対1反応に比べて、複数の光子による励起(多光子励起)は極めて起こりにくい現象ですが、光子密度を非常に高い場所、即ち、顕微鏡観察で言えば、光が一点に凝集される点、すなわち「焦点」のみで起こり得ます。この性質を利用して「焦点のみで励起が起こるような顕微鏡(=多光子励起顕微鏡)」が作られました。

    この顕微鏡は「組織・臓器を生かしたままで観察」するために極めて有用であります。固定した(もはや生きていない)組織や臓器は、パラフィンなどで包埋して薄切すれば(「物理的スライス」という)どんな場所でも観察できますが、生きた組織(特に生きた個体内)では、観察したい場所が、対物レンズでアプローチできる場所よりもかなり深いことがあります。このような場合、多(2)光子励起顕微鏡を用いると、組織の奥深くまで、高い3次元解像度で、しかも低侵襲で、観察することができます。私はこの技術を駆使して、生きた骨組織・骨髄内の高解像度イメージング法を世界に先駆けて開発しました【図1下】

    【図1】多(二)光子励起顕微鏡の原理(上)と生体骨イメージング画像(下)

    【図1】多(二)光子励起顕微鏡の原理(上)と生体骨イメージング画像(下)

    3.生体骨組織・骨髄内の多光子励起イメージングの実際

     硬い石灰質に囲まれた骨組織の内部は、従来、生きたままでの観察が極めて困難であると考えられていました。実際にこれまで骨や骨髄の研究では、固定して摘出した骨を、カルシウム溶解剤に1週間ほど漬け込んで柔らかくし、薄く切って観察していました。この従来法でも、骨組織内の細胞の「形態」や「分子発現」(免疫染色による)を解析することはできましたが、細胞の「動き」の情報は得られませんでした。細胞の動きを見るためには、生きた細胞を生きた組織の中で観察する必要があります。さらに、骨髄のように、豊富な血流を保ったまま、そこで流入・流出する細胞の動きを捉えることが重要な場所では、「摘出して生かした」骨組織ではなく、「生きたままの個体内」の骨を観察する必要がありました。

     骨組織は、古い骨を壊して吸収する破骨細胞と、骨を作る骨芽細胞のバランスにより維持されていますが、炎症などにより破骨細胞の骨吸収機能が亢進すると、関節リウマチや骨粗鬆症での骨破壊などの発症につながります。破骨細胞は、骨を食べるために特殊な多核巨細胞ですが、従来の研究により破骨細胞がマクロファージ系の細胞であり、RANKLというサイトカインが形成に必要であることなどが分かっていましたが、この破骨細胞がどの細胞からどのように発生するのか、その前駆細胞の実体は謎として残されていました。私は独自に開発した生体骨イメージング技術を駆使して、血中に存在する前駆細胞が骨表面へ移動し分化する過程を捉えることに成功し、循環する単球系細胞こそが破骨細胞の由来であることを初めて突き止めました。さらには、①破骨細胞が骨の表面で骨破壊を担う際には、機能的に異なる2つの状態(破壊型と非破壊型)が存在し、この2状態を遷移しながら骨破壊を起こすことや【図2】、②骨を破壊する破骨細胞とその後に骨を再生する骨芽細胞とのコミュニケーションの可視化に初めて成功し、骨芽細胞が破骨細胞に直接接触することで、過剰な骨破壊を抑制していることなど、生体イメージングで見ることができたからこそ明らかにしてきました。

     さらには、関節リウマチなどでの異常な骨破壊の場を、生体イメージングを用いて注意深く観察した結果、関節リウマチなどで異常に骨・関節を破壊する破骨細胞と、通常の骨代謝を担う破骨細胞は、単に同じ細胞で機能が異なる状態ではなく、本質的に異なる起源の細胞ではないかという新たな仮説を立てました。そしてこれを示すために炎症関節からのみ破骨前駆細胞を回収する独自のプロトコールを開発し、炎症性の破骨細胞に分化する新規のマクロファージサブセットを発見しました(Arthritic osteoclastogenic Macrophage; AtoMと命名しました)。さらにはこの細胞だけを選択的に抑制することで、正常な破骨細胞の機能には影響を与えないで、関節破壊を起こす破骨細胞のみを抑えることに成功しました。従来、骨破壊を抑えるために破骨細胞機能を阻害していましたが、阻害しすぎると正常な破骨細胞にも影響を与えてしまい、骨が逆に脆くなるという欠点がありました。ですので、この病的骨破壊の原因となる“悪玉”破骨細胞の特定は、この細胞だけを強く阻害することで、副作用なく「骨破壊ゼロ」を目指す画期的な治療法の開発へと期待されます【図3】

     

    【図2】 生体骨イメージングで捉えた破壊型の破骨細胞の姿
    【図2】 生体骨イメージングで捉えた非破壊型の破骨細胞の姿

    【図2】 生体骨イメージングで捉えた、破壊型(上)と非破壊型の破骨細胞の姿

    【図3】 ”悪玉”破骨細胞の姿

    【図3】 ”悪玉”破骨細胞の姿。

          見るからに悪そう。

    5.生体イメージングの今後―新しい医療機器の開発を目指して

     生体イメージング技術は、生きた個体内での細胞現象を高い時空間解像度で解析できる他に類を見ない研究技術でありますが、私たちの研究グループは、最近この技術を利用してヒトの組織を生きたまま観察して病気の診断を行う“切らない生検法(光生検法)”の開発にも成功しています。現在は企業とともに「光生検医療機器」の開発に取り組んでいますが、患者さんの侵襲がなく、何度でも患部の組織観察が可能となる本デバイスは、これは今後の臨床診断学を変革しうる画期的な医療機器として多くの注目を集めています【図4】

    【図4】 光生検医療機器のイメージ図

    【図4】 光生検医療機器のイメージ図。

    検査中に生検せずにその場でリアルタイムに組織診断が可能

     

    6.生命を見つめる~生体イメージング研究の醍醐味

     イメージング研究は楽しいですよ。私が生体イメージング研究を行っているのは、それが学問的で重要であるから、というよりは実は、単に好きだからなのです。私は昔から写真撮影が趣味で、今でも海外出張などのときには愛用の一眼レフカメラをもっていきます。いい写真を撮るためであれば、道路にだって平気で寝転びます(例えば、大聖堂の尖塔を見上げた写真を撮るときなどは地面に寝そべって撮影するのがいいのですね)。いい写真を撮るためには、もちろんカメラの構造を熟知して制御することが重要なのですが、「いい画角を探すための苦労を厭わない」ことも大切です。顕微鏡での生体イメージングも同じで、最初はなかなか「いい画像」が撮れませんが、少し慣れてくると自然とうまくいくようになり、面白くてたまらなくなります。私の研究室に来てくれる学生さんも、みなそのような経過を経て、今では昼夜を忘れて顕微鏡に張り付いています。少しでも多くの人に動く生命の神秘を伝えたい、それを調べる新しい技術を研究したい、そんな気持ちで日々仕事をしています。研究室への参加や見学など、ご興味のある方はぜひお気軽にご連絡ください。一緒に生命の動きの神秘を見つめませんか。

  • 用 語 集

    多(二)光子励起顕微鏡

    蛍光観察では、注目する細胞や分子などを蛍光分子で標識する。蛍光分子は一般に、エネルギー的に低い状態(基底状態)と高い状態(励起状態)があるが、普段は基底状態にある。このエネルギー差に相当する光(光子)を当てると、蛍光分子はこのエネルギーを吸収して励起状態になるが、自然にまた励起状態へと戻っていきます【図】。

    この際、そのエネルギーに相当する光を放出し、これを観察しているのが蛍光観察です。二光子励起とは、蛍光観察の際に、光子1個ではなく、2個の光子を蛍光分子に同時に当てることにより励起させることです。光子1個 対 蛍光分子1個 による1対1反応(単光子励起)に比べて、複数の光子による励起(多(二)光子励起)は極めて起こりにくい現象ですが、光子密度を非常に高くすれば起こります。光子密度が異常に高い場所、蛍光顕微鏡でいえば、光が一点に凝集される点、すなわち「焦点」のみで起こり得る現象です。これを利用して「焦点のみで励起が起こるような顕微鏡」として「多(二)光子励起顕微鏡」が作られました。

    まとめますと、この顕微鏡には以下のような長所があります。

    (1)高い空間(z軸)解像度:焦点平面のみでしか励起が起こらないため、非観察面からの蛍光シグナル(ボケの原因)がなく、クリアな像が得られます。(2)高い組織透過性(深部組織の観察に威力を発揮):2個の光子を同時に当てて蛍光分子を励起するため、当てる光子1個分のエネルギーは小さくて済みます(約半分)。エネルギーが半分ということは、光子の波長が2倍になることであり、実際2光子励起で用いるレーザーは近赤外域にあります。波長が長い赤外光は、短い可視光や紫外光よりも浸透性が高く、深い組織まで励起・観察することが可能となります。

     

    生体イメージング

    上記の多光子励起顕微鏡を用いて、動物を生かした状態で注目する組織・細胞を観察する方法論です。これを駆使することで、体の中の細胞の動きを捉えることができます。

     

    生体イメージング

    上記の多光子励起顕微鏡を用いて、動物を生かした状態で注目する組織・細胞を観察する方法論です。これを駆使することで、体の中の細胞の動きを捉えることができます。

     

    破骨細胞

    マクロファージの一種で、特に骨を貪食するのに特化した細胞です。傷んだ骨を貪食して新しい骨を再生させる重要な役割を担っていますが、関節リウマチなどの病気ではこの細胞が働きすぎることで骨の破壊が起こされます。