• 第39回(令和3年度)

    大阪科学賞(OSAKA SCIENCE PRIZE)受賞者の横顔

     

    千葉 大地 (ちば だいち)   43歳

     

    現職: 大阪大学・産業科学研究所 教授

    https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/se/

    略歴:

    2000年 3月  東北大学工学部電子工学科卒業

    2001年 9月  東北大学工学研究科博士前期課程修了

    2004年 3月  東北大学工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)取得

    2004年 4月  (独)科学技術振興機構 ERATO研究員

    2008年10月  京都大学化学研究所 特定助教

    2009年 4月  京都大学化学研究所 助教

    2010年10月  (独)科学技術振興機構 さきがけ研究者兼任

    2012年 4月  京都大学化学研究所 准教授

    2013年 4月  東京大学工学系研究科物理工学専攻 准教授

    2019年 4月 - 現在 大阪大学産業科学研究所 教授/大阪大学 栄誉教授

     

  • 研究業績:磁性の後天的制御に関する先駆的研究

     

    鉄は、世の中で最も使われている固体の素材と言っても過言ではありません。金属であり、磁石になる、つまり強磁性を示すこともよく知られています。磁性物理学という観点から見ると、すでに研究されつくされている素材なのでは?と思うかもしれません。ところが私たちは、このような身近にありふれた金属の磁石にも、知られざる潜在能力があることを見出しました。

    鉄に、ネオジウムやホウ素を混ぜたネオジウム磁石のように、異種元素を混ぜ合わせると、磁石の性質を変えることができます。しかし、磁力の強さや、強磁性を示すことができる上限温度(キュリー温度)などの基本的な物理量は、一度磁石を作ってしまえば変わりません。

    私たちは、一度作った磁石の性質を決める基本的な物理量を、電圧を加えるだけで自由に変えたり元に戻したりできることを見出しました。さらには、リバーシブルに磁力を消したり(常磁性という状態にしたり)、元に戻したりすることにも成功しました。しかも、ありふれた金属の磁石で、室温でそのようなことができるようになったのです。

    これを実現するためには、金属の磁石を原子の大きさ何個分!というくらい薄くする必要があります。その薄い磁石に電圧を加えると、金属磁石中を自由に動き回れる電子の数が少しだけ増えたり減ったりします。コンデンサーに電荷を貯める仕組みと同じです。このような、“ナノの世界の技”を駆使して、磁石の性質を変えたのです。

    一度作った素材の性質を後から変えるというやり方は、全く新しい素材を見つけるために役立つかもしれませんし、それ自体を機能として使うことができます。例えば、この方法はとても小さいエネルギーで、しかも高速にナノ磁石の性質を変えることができます。ナノ磁石はデジタル情報の担い手として、活用されています。従って、将来のコンピューターの中でもこの方法が活躍するかもしれません。
  • 第39回大阪科学賞 記念講演

     

    物質材料の性能を後から自在に操るためのナノの世界の技

    大阪大学 産業科学研究所 教授(大阪大学・栄誉教授)
    千葉 大地

     

     

     

     錬金術という言葉を聞いたことがあるかと思います。まだ物質のミクロな性質が良く分かっていない時代に、物体を貴金属に生まれ変わらせようとする試みが行われていました。古くは、古代ギリシャや古代エジプト時代から行われていたそうです。今では、錬金術がそう簡単ではないことであることは分かってきていますし、錬金術と言うと、なんだか非科学的な怪しい雰囲気が漂いますよね。ですが、人類は、一度作った物質材料に別な性質を帯びさせようという夢を持ち、それを実現しようとする試みからも、科学を発展させてきたのです。

     

     

     今、人類は当時とは比べ物にならないほど進んだ科学的知識をもっています。固体が原子の集合体でできていて、原子は原子核と電子から形成されていることを知っています。また、固体内の電子は電流の担い手になるだけでなく、自らが磁石の源となる性質=スピン(図1)をもっています。電子は物質の性質に深く関わっていることもわかっています。ですので、どの元素とどの元素を混ぜれば、どんな性質が出そうか、といった予測もできるようになってきました。デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が飛び交うようになってきましたが、コンピューターを用いた物質予測技術はこれから大きく発展すると期待されます。

     

     しかし、新しい物質を生み出すのではなく、一度作った物質の性質を、あとから変えることはそう簡単ではありません。冷やしたり、高温にすれば性質は変わるかもしれませんが、常温では使えません。あとから何かを無理やり混ぜれば性質は変わるでしょうが、もとに戻せなくなります。例えば、鉄(Fe)に、ネオジウム(Nd)やホウ素(B)を混ぜたネオジウム磁石のように、異種元素を混ぜ合わせると、鉄(Fe)より強い磁石を作ることができます。しかし、磁力の強さや、磁石としての性質(強磁性[1])を示すことができる上限温度(キュリー温度[2])などの基本的な物理量は、一度その磁石を作ってしまえば変わりません。

    人間社会

    1 円電流が磁界を作るのと同じように、電荷を帯びた電子の自転は、磁石の源=スピンとなります。

     常温で、温度を変えずに、後天的に性質を変えることはできないのでしょうか?必要な時だけ、カメレオンのように性質を自在に変えることができたら、その物質は新しい材料・素材として活躍してくれることでしょう。また、その原理を理解することで、新しい性能を持つ新たな素材を創造するアイデアをもたらしてくれることでしょう。この方法こそ、「現代の錬金術」と言えるものになるかもしれません。くどいようですが、ここでの“錬金術”の意味は、「一度作った物質材料に別な性質を帯びさせようという」という意味です。

     

     人類は莫大な電力を消費しています。今後も消費量は増え続けるでしょう。無駄な電力を減らすことは、カーボンニュートラルの実現とも関係します。作り出した電力の大半が、目的を果たす前に別のエネルギーとして逃げていってしてしまうことを避けることができれば、かなりの無駄なエネルギーを削減できます。例えば、ノートパソコンが熱くなるのは、いわゆるジュール熱[3]が発生し、せっかく供給した電力が熱エネルギーとなって逃げてしまっていることを意味します。同じように、電気を使うあらゆる場面で、ジュール発熱はエネルギーの無駄そのものです。ですので、ジュール熱をなるべく発生させないように(超効率的に)、欲しい性能を自在に出せるようにしたい、というのが、今の私たちが望む方向性の一つになります。ここに、現代の錬金術が活躍できる場面がありそうです。

     

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    [1] 強磁性:固体内の隣り合う原子の磁気モーメントが自発的に揃う性質のこと。本文3ページ目の第二段落の記述も参照。

    [2] キュリー温度:隣り合う原子の磁気モーメントを自発的に揃えることができる温度の上限。つまり、強磁性を消失する温度。

    [3] ジュール熱:導体に電流を流したときに生じる熱。

     

     

     さて、本題ですが、私たちは、ジュール熱をほとんど発生させずに、一度作った磁石の性質を決める基本的な物理量である、磁力の大きさや磁化の方向、キュリー温度を、電圧を加えるだけで自由に変えたり元に戻したりできることを見出しました。さらには、リバーシブルに、磁力を帯びさせたり、消したり(常磁性[4]という状態にしたり)することにも成功しました(図2)。ギリシャ時代から続く磁性の歴史上でも、初めてのことです。しかも、ありふれた金属の磁石を用いて、室温でそのようなことができるようになったのです。鉄(Fe)は、世の中で最も使われている固体の素材と言っても過言ではありません。金属であり、磁石になる、つまり強磁性を示すこともよく知られています。磁性物理学という観点から見ると、すでに研究されつくされている素材なのでは?と思うかもしれません。私たちは、周期表で鉄(Fe)の隣にある、コバルト(Co)を用いて上記の実験を成功させました。コバルト(Co)も同じようにすでに広く使われている素材です。私たちは、このような身近にありふれた金属の磁石にも、知られざる潜在能力があることを見出したと言えるでしょう。

     

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    [4] 常磁性:固体内の隣り合う原子の磁気モーメントが熱により揺らいで勝手な方向を向き、揃っていない状態のこと。

     

     

    【図1】多(二)光子励起顕微鏡の原理(上)と生体骨イメージング画像(下)

    2  電圧により磁力が制御できるイメージ図。

     これを実現するためには、金属の磁石を原子の大きさ何個分!というくらい薄く(1ナノメートルくらいに!)する必要があります。その薄い磁石に、電気を流さない絶縁体の薄い膜を介して電圧を加えると、金属磁石中を自由に動き回れる電子の数が少しだけ増えたり減ったりします。コンデンサーに電荷を貯める仕組みと同じです。この方法を使うと、ほとんどジュール発熱が無く、とても小さなエネルギーで、高速にナノサイズの厚みの磁石の性質を変えることができます。このような、“ナノの世界の技”を駆使して、磁石の性質を変えたのです。

     

     ナノ磁石の磁化の方向は、デジタル情報の担い手として、ハードディスクですでに活用され、次世代のメモリ[5](磁気メモリ)の中で、情報を担う要素としての利用も期待されています。磁気メモリの中では、数えきれないほどのナノ磁石一つ一つに電流を流してデジタル情報を書き込んでいます。一つ一つは微々たる電力でも、それが集まると大きなエネルギーとなります。それを何億もの人が使うと、巨大なエネルギーの無駄になります。将来のコンピューターの中では、私たちが実現させた方法が、情報を記録するための超省エネな方法として活躍するかもしれません。ところで、前段落を読んでいただくと、図2はサイズを誇張して描いていることが分かると思います。しかし、この絵のように、今はナノの世界でしかできないことを、将来、目で見えるサイズで実現できたら、もっといろいろなことに使えそうなことが分かると思います。今はまだ夢ですが、想像することは楽しいことです。

     

     ここで、どうして金属の磁石に電荷を貯めると磁石の性質が変化したのか、少しだけ詳しく、説明していきましょう。ただ、少し込み入った話なので、この段落は読み飛ばしてもらっても構いません。固体を構成する一つ一つの原子も、磁石のようにN極・S極を持つ場合があります。原子が持つこの磁気的な分極を、原子の磁気モーメントと呼びます。金属の磁石の場合、原子の磁気モーメントの起源のうち最も大きなものは、実は、原子核を周回する電子自身がもつ磁石の性質=スピン(図1)です。強磁性を示す固体の中では、隣り合う原子の磁気モーメントが同じ向きに揃います。これは、隣り合う原子の原子核の外殻を回る電子同士の軌道が重なり、スピンを揃えようとする量子力学[6]的な相互作用が生じることによるものです。これにより、強磁性を示す固体の多くは、トータルとして自発的に大きな磁気分極(N極・S極)をもち、周囲に磁界を出します。ですので、「リバーシブルに磁力を消したり元に戻したり」できた、ということを少し専門的に言うと、「隣り合う原子同士の磁気モーメントを揃えようとする相互作用の大きさを、電圧を用いて制御し、強磁性を消失させたり、もとに戻したりした」となるかと思います。原子核の外側を周回する電子の数が電圧によってわずかに変化したこと、あるいは電子同士の量子力学的な相互作用が変化したことが原因であると考えています。

     

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    [5] メモリ:コンピューターの中で、デジタル情報を記憶する役割を担うもの。

    [6] 量子力学:電子などのミクロなものの力学を説明する学問。

     

     

     

     余談ですが、磁気モーメントが同じ向きに揃っている領域を、磁区(じく)と呼びます。磁区は原子のサイズよりは圧倒的に大きいサイズですが、それでも、目では見えないくらい小さい時もあります。磁区の中では磁気モーメントは同じ向きに揃っていますが、隣の磁区の磁気モーメントは別な方向を向く場合があります。釘は強磁性体の鉄でできていますが、通常、釘同士がくっつかないのは、釘の中のたくさんの磁区の平均の磁気モーメントが、それぞればらばらな方向を向いて打ち消しあって安定状態を作り、トータルとして周囲に磁界を出していない(磁力を持たない)からです。しかし、強い磁石を近づけてから釘同士を再び近づけると、釘同士だけでくっつくようになります。これは、釘の中のばらばらだった磁区の平均の磁気モーメントが同じ方向を向いて、釘全体がトータルとして磁気分極もち、磁力を獲得したためです。つまり、“磁石”は強磁性体であることは間違いありませんが、言葉としては磁力を帯びている物体、というニュアンスになりますね。一方、“強磁性”というと、厳密には、隣り合う原子の磁気モーメントが自発的に揃う性質という、もっと根源的な意味を指すことになります。今回私たちが後天的に変えることができた性質は、物理学的に言うと、この“強磁性”という根源的な性質そのもの、ということになります。

     

     同じように、超伝導を示す最高温度(超伝導転移温度)を後天的に変える試みをしている研究者もいます。後天的に物質の性質を変えることは、すでに素材として使われていた物質の知られざる能力を引き出すことにもつながりますし、そこで見つかったサイエンスは、全く別の新しい素材を見つけるためのアイデアとして役立つかもしれません。人類はこれからも物質の潜在能力を発揮させる術を発達させていくことでしょう。

  • 用 語 集

     
    強磁性

    固体(原子の集合体)を構成する一つ一つの原子も、多くの場合、磁石のようにN極・S極があります。原子が持つこの磁気的な分極を、原子の磁気モーメントと呼びます。強磁性を示す固体の中では、隣り合う原子の磁気モーメントが同じ向きに揃います。これは、隣り合う原子の原子核の周囲を回る電子同士の量子力学的な相互作用によるものです。これにより、強磁性を示す固体の多くは、トータルとして自発的に大きな磁気分極(N極・S極)をもち、周囲に磁界を出します。

    ちなみに、磁気モーメントが同じ向きに揃っている領域を、磁区(じく)と呼びます。磁区は原子のサイズよりは圧倒的に大きいサイズですが、それでも、目では見えないくらい小さい時もあります。磁区の中では磁気モーメントは同じ向きに揃っていますが、隣の磁区の磁気モーメントは別な方向を向く場合があります。釘は強磁性体の鉄でできていますが、通常、釘同士がくっつかないのは、釘の中のたくさんの磁区の磁気モーメントが、それぞればらばらな方向を向いて打ち消しあい、トータルとして周囲に磁界を出していない(磁力を持たない)からです。しかし、強い磁石を近づけてから釘同士を再び近づけると、釘同士だけでくっつくようになります。これは、釘の中のばらばらだった磁区の磁気モーメントが同じ方向を向いて、釘全体がトータルとして磁気分極を獲得し、周囲に磁界を出すためです。

    いずれにしても、隣り合う原子の磁気モーメントが自発的に揃う性質のことを、一般的に“強磁性”と呼び、そのような性質を持つ固体のことを強磁性体といいます。我々が実現したことを少しだけ専門的に言うと、「隣り合う原子同士の磁気モーメントを揃えようとする相互作用の大きさを、その固体を作った後で電圧を用いて制御し、強磁性を消失させたり、もとに戻したりした」となります。

     

    キュリー温度

    強磁性体の温度が上がると、熱エネルギーによって原子の磁気モーメントが揺らぎ、隣り合う原子の磁気モーメントをもはや自発的に揃えることができなくなります(常磁性状態)。強磁性を失う境目の温度をキュリー温度といいます。

     

    常磁性

    固体内の隣り合う原子の磁気モーメントが熱により揺らいで勝手な方向を向き、揃っていない状態のことを常磁性状態といいます。強磁性体に熱を加えると、キュリー温度以上の温度では、多くの場合、常磁性を示します。一方で、アルミニウムなどは絶対零度(マイナス273℃)から常温までどの温度でも常磁性を示します。

    常磁性状態にある物質に、強い磁界を加えると、磁気モーメントは磁界の方向に揃おうとしますが、一般には相当強い磁界を加えない限り、磁気モーメントを完全に揃えることはできません。

    常磁性とは異なり、磁石を近づけるとその磁界を打ち消そうとして弱く反発する性質を反磁性体と呼び、グラファイトや銅などがその性質を有する物質の代表例として知られています。身の回りの全ての物質はこのように何らかの磁性を持っていますが、強磁性のような目に見える磁性を示さないものを、総じて非磁性体と呼ぶこともあります。