
第40回(令和4年度)
大阪科学賞(OSAKA SCIENCE PRIZE)受賞者の横顔
略歴:
1998年 3月 東京大学工学部電子情報工学科卒業
2000年 3月 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了
2003年 3月 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 博士(工学)取得
2003年 4月 マイクロソフトリサーチアジア
2015年 4月 - 現在 大阪大学大学院情報科学研究科 教授

研究業績:実世界の三次元ディジタル化に関する先駆的研究
実世界物体の三次元ディジタル化は、サイバー空間上に実世界を忠実に再現する仮想現実(VR)や、サイバー空間でのシミュレーション結果を実世界に還元するデジタルツインの実現のために欠かせない技術です。これまでの研究で、実世界物体の大まかな三次元形状は容易にディジタル化できるようになってきました。しかしながら、リアリティの再現に重要な物体表面の微細な形状や質感といった情報のディジタル化は困難な問題として残っていました。私たちは、微細な形状や質感のディジタル化を目的として、光源の方向を変えながら複数枚の画像を撮影することで観察される陰影パターンの変化から物体表面上の各点における傾きを推定する「照度差ステレオ法」の研究に取り組んできました。この取り組みの中で、画像中に観察される陰影パターンの変化と反射率に関する事前知識をもちいることで、多様な質感をもつ物体の高精細な三次元ディジタル復元が可能であることを見いだし、「データ駆動型」照度差ステレオ法を提案しました。その一例として、反射率に関する事前知識を深層学習によって学習することにより、陰影パターンの変化と微細な形状+質感との対応関係を獲得しました。これにより、異なる光源下で得られた画像列を入力として、直接的に深層学習器をもちいて三次元形状と質感を推定できるようになりました。この研究によって、実世界物体の三次元ディジタル化が高度化し、物体表面のザラザラ感などの細かな形状や、光沢などを表す質感までもカメラを通じて獲得できるようになってきています。将来的には、簡便に高精細な三次元形状と質感をディジタル化できるカメラを設計し、誰もが手軽に実世界物体の忠実な三次元ディジタル複製を作れる世界の実現を目指します。
記念講演:「現実世界のディジタル複製を目指して」
*動画で記念講演をご覧いただけます。
第40回大阪科学賞 記念講演
現実世界のディジタル複製を目指して
大阪大学 大学院情報科学研究科 教授
松下 康之
私たち人間は視覚を通じてどのように実世界を認識しているのでしょう。能動的に行動するために、私たちは目を通して得られた画像から環境の三次元情報を脳内に構築しています。では、コンピュータやロボットに同様の機能を持たせることはできるでしょうか。このような研究を扱う分野を指してコンピュータビジョンと呼びます。コンピュータビジョンは1960年代に人工知能研究の一部としてスタートし、計算により人間の視覚と同等の機能を実現できるか、さらには視覚機能の本質とは何かを探る情報科学の一分野で、現在も活発に研究されています。
私たちが実世界の物体を「見る」とき、実際に私たちの目が感じているものは物体から目へ向かって飛び込んでくる光です。その光は、太陽や電灯などの光源から発せられた光の一部が物体表面上で反射したり、透過したり、あるいは物体そのものの発光により生じます。したがって、現実世界の物体の三次元形状や表面の反射率、色などを正しくディジタル化できれば、任意の光源のもとで実際の物体と同じ見た目を持つディジタル複製が作成できることになります。さらに、作成したディジタル複製をコンピュータ上の仮想空間に配置することで、仮想現実(Virtual Reality; VR)や映像制作などに応用することができるようになります。
それでは、身の回りにある物のディジタル複製を作るにはどうしたらよいでしょうか。もっとも身近で利用できそうなツールとしてディジタルカメラがあります。カメラで撮影することで、現実世界の三次元物体の見た目をディジタル化し二次元画像として記録することができます。複数の異なる視点から撮影した画像を使うと、多視点ステレオと呼ばれる方法を用いて物体の大まかな三次元形状を推定することができます(図1)。この多視点ステレオ法は、同じシーンを異なる視点から撮影し、画像中に観察される物体上のカドや線といった共通の特徴がある部分の三次元位置を三角測量の原理をもちいて推定します。

図1 多視点ステレオによる三次元形状推定
一方で、私たちは多視点から観察された画像がなくとも、物体の三次元形状を理解することが出来ます。これはなぜでしょうか。私たちの目をカメラとみなすと、二つのカメラによって三角測量により奥行きを理解できることが理由の一つとして挙げられます。しかし、片目だけで見たとしても三次元形状を理解することができるのはなぜでしょうか。私たちは過去の経験から得た知識(事前知識)を使って、三次元形状を理解していると考えられますが、過去に見たことのないもの、例えば氷山のように多様な形をもつものなども写真から形状を理解することができます。この理由ははっきりとはわかっていませんが、物体表面上の見た目の明るさの陰影パターンと事前知識の併用により、私たちは形状を理解していると考えられます。

図2 照度差ステレオ法による法線マップの推定(参照球は法線と色との関係を示す)
私たちは、照度差ステレオによる三次元形状復元の研究に取り組んできました。これまでの照度差ステレオ法は光沢や艶のない拡散反射面を対象としてきましたが、現実世界の物体はツルツルしているものや鈍く光るものなど多様な反射率分布[1] で表される質感を持っています(図3)。このような多様な反射率分布を持つ物体の三次元形状推定は難しい問題として知られていました。私たちの研究では画像中の陰影パターンと事前知識を用いることで、多様な反射率分布を持つ物体の三次元ディジタル復元が計算によって実現できることを世界に先駆けて示しました。その中の一つの例では、事前知識として図3のような多様な反射率分布データを準備し、これらの反射率分布で生成される陰影パターンを深層学習によって学習することで、陰影パターンと法線ベクトルの対応関係を獲得しました。これにより、異なる光源下で得られた画像列から直接的に深層学習器を用いて三次元形状を推定することができることがわかりました(図4)。このようなデータ駆動型の枠組みにより、実世界に存在する多様な物体の三次元形状のみならず、反射率分布も推定可能であることがわかり、実世界物体のディジタル複製へ向けて大きく前進しました。
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[1] 反射率分布:ある角度の入射光がどの方向へどのくらいの強さで反射するかを示す分布。

図3 多様な反射率分布

図4 データ駆動型照度差ステレオによる三次元形状推定
私たちが研究を進めている光とカメラを用いるアプローチでは、画像のピクセル[2] 単位の細かさで三次元形状を推定することができるので、高精細なディジタル複製ができるというメリットがあります(図5)。復元できる物体表面上の細かさは、カメラの中のセンサとレンズの解像度に依存しますが、高解像度のものを選ぶことでその分だけ高精細な復元が可能になります。
以上、現実世界の物体の三次元ディジタル複製について、私たちのこれまでの研究を簡単に紹介しました。新しいデータ駆動型の三次元形状推定技術により、これまでには難しかった物体の三次元ディジタル複製ができるようになってきました。一方で、このようなディジタル複製のための撮影機材は未だに複雑なものであり、また、撮影や計算にかける労力も低いとは言えません。今後は、撮影方法や三次元形状推定方法を進化させて、現在私たちがスナップショット写真を撮るくらいの手軽さで、誰もが三次元ディジタル複製を作れる世界を目指したいと考えています。手軽に三次元ディジタル複製が作れるようになれば、仮想現実やディジタルツインが今よりもずっと加速すると考えられます。また、三次元ディジタル複製は文化財や美術品のディジタルアーカイブ[3] や、商品のディジタル展示などへも応用が期待できます。
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[2] ピクセル:ディジタル画像を構成する最小単位。画素。
[3] ディジタルアーカイブ:文化資産や知的資産を画像や映像、またはその他のディジタル情報として記録・保管すること。

図5 ディジタル複製の例 A:多視点ステレオによる形状、B:データ駆動型照度差ステレオ法による形状
最後に、高校生の皆さんへのメッセージとして情報科学を学ぶことをおすすめしたいと思います。情報科学と聞くとコンピュータや情報リテラシーを学ぶ分野と思われるかたもいるかもしれませんが、情報科学分野においてもコンピュータそのものや情報リテラシーは目的達成のためのツールとなってきています。では情報科学とはどのようなことを学ぶ分野でしょうか。情報科学は、社会や自然、宇宙の事象を「情報」として表現し理解する、そして実現したいことを「情報の動き」として表現し、その仕組みを作ることを目的とする学問です。現在、日常生活においても情報を使うサービスに触れないことは難しいと思います。今後ますます社会の中で情報科学の重要性が高まっていくと考えられますので、皆さんにはぜひとも情報科学という道があることを心に留めておいていただきたいと思います。
謝 辞
これまでの私たちの研究は、大阪大学をはじめとする多くの共同研究者の皆様の多大なご協力によって実現したものです。皆様に深く御礼を申し上げます。また、私たちの研究は科学研究費補助金や財団助成金により支えられてきました。この場をおかりして、心より感謝申し上げます。
用 語 集
仮想現実
コンピュータ上にディジタルデータとして作られた仮想的な世界を、あたかも現実の世界のように体験させる技術です。
デジタルツイン
デジタルツインとは、現実世界の情報をディジタル複製し、まるで双子であるかのように、仮想空間上に現実世界を再現する技術を指します。デジタルツインによって、現実世界の事象を仮想空間上でシミュレーションすることが可能となり、将来の事象予測や実世界の事象の要因分析ができるようになります。
照度差ステレオ
コンピュータビジョン分野の三次元形状推定技術の一つで、光源方向を変えながら対象物体を撮影した複数枚の画像中の明るさの変化から、対象物体上の面の傾き(法線)を推定する技術を指します。画像上の各場所に対応する面の法線が推定できるので、高精細な形状情報の獲得が可能になります。
反射率
物体に入射する光の強さに対してはね返った光の強さの比を表します。はね返る光の方向を勘案すると反射率分布として表現されます。
データ駆動型
数理モデルに基づいた方法とは異なり、蓄積したデータ(過去の経験や事前知識)を元に解を導くアプローチを指します。数理モデル型アプローチと対比されることが多いですが、多くの問題において数理モデル型とデータ駆動型を協調させることが効果的であることが報告されています。
深層学習
深層学習とは広義の機械学習の一部であり、多層構造のニューラルネットワークを用いた学習の手法を指します。多様な問題設定がありますが、例えば、与えられたデータから特徴を自動的に抽出したり分類したりすることができ、画像認識や自然言語処理などに広く応用されています。
Q&A
記念講演の際にいただきました質問に対して、松下先生にご回答いただきました。
<原理に関して>
多視点ステレオを使うメリットがわからないです。照度差だけでほぼ分かるのではないですか?
多視点ステレオ法では、物体表面上の点の三次元位置がわかるという点で大きなメリットがあります。これに対して照度差ステレオ法では法線のみがわかりますので、法線から深度へ変換するために、積分が必要になります。ここで未知の積分定数が残りますので、オフセット分の曖昧性を持った深度が求まることになります。カメラ位置等が較正された多視点ステレオ法ではこの曖昧性がありませんので、メリットは大きいと言えます。講演でお話したとおり、照度差ステレオ法と多視点ステレオ法は相補的な強みがありますので、併せて使うのが良いと考えられています。
組み合わせる事でよりリアルに3D再現できる…というお話があったと思いますが、微細な部分が異なる多視点ステレオと照度差ステレオのモデルを組み合わせて1つにする時、各部分にどちらを用いるかはどの様に決めるのでしょうか?
基本的には、多視点ステレオ法により得られた形状情報を低周波成分、照度差ステレオ法により得られた形状を高周波成分として、これらが滑らかにつながるような統合手法を開発し、これを用いています。
多視点ステレオ法と多照明ステレオ法では、得られる法線ベクトルの様な情報量にどれくらいの差があるのでしょうか? また、法線ベクトルから立体の形を作る際、そこには瞬間から全体を推測するための微分方程式や正法波の合成、分解等に使われるフーリエ変換等も使われているのでしょうか? もし、使われているなら、それがどの様なものなのかを知りたいです。(ただし、私は数Ⅲまでしか勉強していないので、上記にしるした2つの分野は深くは知らないので、補足等もくださるとありがたいです)
大変テクニカルで良い質問と思います。まず、多視点ステレオ法で得られる三次元点の密度と、照度差ステレオ法で得られる法線の密度には大きな違いがあります。これは対象シーンに依存しますが、一般に照度差ステレオ法で得られる法線の密度のほうが高くなりますので、情報量としては照度差ステレオ法のほうが多く得られると言えます。ただし、その分多光源下における多くの画像を使いますので、入力情報量に対する出力情報量という観点では、必ずしも多いとは言えないかもしれません。法線ベクトルから深度を計算する手法には様々なものがあります(変分法を用いる方法や、基底となる形状の重ね合わせを用いる方法など)。一例として、私達の研究室の最近の結果がありますので興味があれば御覧ください。
論文へのリンク:https://www.ecva.net/papers/eccv_2022/papers_ECCV/papers/136610545.pdf
Bilateral Normal Integration, X. Cao, H. Santo, B. Shi, F. Okura, and Y. Matsushita, European Conference on Computer Vision (ECCV), 2022.
どうして法線の候補がそんなにたくさん存在するのですか?
講演でお話した法線の候補とは、物体表面上のある点が持ちうる法線の全てのパターンを指しています。計算する前にはどのような法線を持っているかわかりませんので、可能な限り多様な法線を「候補」として持っておきます。今回お話した法線は三次元空間中で方向を示すベクトルですので連続的に変化するものですが、これを十分に細かく離散化することで法線候補としています。
論文へのリンク:http://cvl.ist.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/2022/08/enomoto2022discrete.pdf
法線の候補や質感の候補は人間が与えなければならないのですか?
現状は人間が与えるものとなっています。ただ、与えるといっても、法線候補に関しては法線空間の中からランダムにサンプリングするのみであり、また、質感の候補は過去に計測済みのデータを用いる、という形になりますので手作業が入る余地というのはほとんどありません。
初歩的な質問ですが、資料 図3のように反射率の違いが色に表れるのはなぜですか?
例えば、白い光をあてた時に赤く見える物体というのは、赤に対応する波長を強く反射し、それ以外の光を吸収(あるいは透過)します。このように、一般に光の反射は波長ごとに定義されますので、波長ごとの反射特性の違いが色の違いとしてあらわれます。
多波長と言うと、色などは分かりそうな気がするのですが、なぜ、深度が分かるのですか? まったく同じでなくても似たようなものであれば、学習から推定できるのですか?
これは多波長照度差ステレオの話かと思いますが、多波長照度差ステレオでは深度ではなく、法線の推定が可能になっています。法線を積分することにより、(オフセット分の曖昧性を持つ)奥行きマップを生成しています。私達のこのアプローチでは機械学習を用いておらず、事前知識データとして分光反射率(波長ごとの反射率)のデータセットを利用することで、最適化問題として定式化しています。
論文へのリンク:https://link.springer.com/article/10.1007/s11263-022-01634-4
Multispectral Photometric Stereo for Spatially-Varying Spectral Reflectances, H. Guo, F. Okura, B. Shi, T. Funatomi, Y. Mukaigawa, Y. Matsushita, International Journal of Computer Vision (IJCV), 2022.
照度差ステレオ法の改善として、事前知識データを入れるとおっしゃっていたと思うのですが、どうやってその知識を入れるのか教えていただきたいです。
事前知識データの使い方は様々ですが、例えば深層学習の例ですと、学習データを生成する際に事前知識データ(反射率データセット)を用いています。また、最近傍探索の方法のケースでは、反射率データセットと法線候補の両方を事前知識データとして利用しています。
素朴な質問になりますが、陰影パターン → 法線マップの深層学習は、どのようなやり方で行われているのでしょうか? 何かしらそれに名前がついていたら教えて欲しいです。
陰影パターン ⇒ 法線マップの深層学習で最も初期のものは以下の論文のものになり、私達は深層照度差ステレオ法 (Deep Photometric Stereo)と呼んでいます。この論文以降、様々に改良された深層照度差ステレオ法が提案されており、現在も研究が進められています。
論文へのリンク:http://cvl.ist.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/paper/pdf/Santo_ICCVWorkshop.pdf
Deep Photometric Stereo Network, H. Santo, M. Samejima, Y. Sugano, B. Shi, Y. Matsushita, International Conference on Computer Vision Workshops (ICCVW), 2017.
データ駆動型照度差ステレオで使用した深層学習では、どの程度の誤差までなら許容されるのですか?
これは難しい質問ですが、許容誤差はアプリケーションに依存するかと思います。大雑把な形状でも良ければ、大きな誤差を許容できますし、写真と同じクオリティを目指すのであればそれなりの小さな誤差を目指す必要があります。
照度差ステレオでは、無地の球体の形状推定が最も難しいのでは? また、必ず誤差は存在するのではないですか?
照度差ステレオ法では、無地の球体の形状推定はさほど困難な対象ではありません。むしろ多視点ステレオ法のように、画像間で対応する点の探索を必要とするアプローチでは、無地の球体のようなシーンは困難な対象となります。照度差ステレオ法では、カメラと対象物体を固定した状態で光だけを動かしますので、物体表面上の点と画像中のピクセルとの対応関係は固定されるため、対応点探索は不要となります。
誤差については、あらゆる計測で誤差が生まれるように、今回お話した方法でも誤差はいつも存在します。
隣接した別の物体を、別々の物体として読み込みことは可能ですか?(机の上に置いたコップなど)
今回ご紹介した内容のみでは困難な問題ですが、物体検出や物体認識といった他のコンピュータビジョン技術と組み合わせて使うことで、隣接した物体を個別のものとして認識し、それぞれの三次元形状を獲得することは可能と考えられます。
グルっとZ軸に一回転させて立体の形を確定させていましたが、これをX軸、Y軸で行った場合、その立体はどの程度正しく読まれるようになるのでしょうか?
見えない面を復元することは困難ですので、ご指摘の通り様々な軸で対象物体を回転させて撮影する必要があります。例えば、置物の底面の形状を復元するにはそこを観察する必要があります。そして、これもご指摘のとおり、三次元復元される形状の精度は、回転させる際の回転角の細かさにも依存します。精度と回転角の細かさ(≒撮影枚数)には、撮影枚数が多いほうが良いという関係があることはわかっていますが、具体的にどのような関係があるのかについては、現在はわかっていません。
<適用可能な対象について>
光というものは恐らく私たちが認識できるもので一番速いものだと思うのですが、その技術を星の表面の状態を知るために使えるのでしょうか? データ駆動型照度差ステレオ法を用いれば地球から遠く離れた惑星の地形なども分かるようになるのでしょうか?
今回お話した照度差ステレオ法は,光の当て方を変えることによって物体表面の陰影パターンの変化から三次元形状を推定します。月の表面のように十分に大きく観察できるもので、かつ、光の当たり方が変わるような対象に対しては照度差ステレオ法の技術が使えると思います。一方で、星に大気があったり、光の当たり方が変わらなかったり、あるいは遠すぎて十分な解像度をもって観察できない、などの場合にはまた別のアプローチが必要になります。
光を発する物体に対してもデータ駆動型照度差ステレオ法によって形状を確定し、「見える」化できるのでしょうか?
光を自ら発する物体の三次元形状推定は、現在は未だにほとんど取り組まれていない研究テーマになります。大変面白いトピックと思いますが、現状のデータ駆動型照度差ステレオ法でも難しい問題として残っています。
データ駆動型アプローチでは質感でごつごつ感などを再現できるとおっしゃっていましたが、どの物質かという特定は可能なのでしょうか?
三次元形状と併せて物体表面の反射率や表面色を同時に推定することにより、どのような材質であるかを推定するという試みは研究レベルでは進められています。実用的には、通常のRGBカメラ以外のデバイスを使ったもののほうが高精度に推定が可能であり、まだまだ研究の余地があるトピックです。
物体が三次元ディジタル複製でここまでリアルにできるのに非常に驚いたのですが、逆に三次元ディジタルデータで表現される質感・形状から、現実世界の材質や形状を推定し、復元するようなことも将来的には可能なのでしょうか?
三次元ディジタル複製を作る際に、まさに実世界の形状や質感を推定していますので、これらを復元するということは可能であると言えます。
ソナーのようなものは使うことはできないのでしょうか? 粉末を塗布して形状を決めるのは?
ソナーを使った深度推定は可能であり、実際に測距の有効な方法として利用されています。画像を用いるメリットは、ソナーよりも分解能の高い深度推定が可能である点が挙げられるかと思います。粉末を塗布して形状を決める、というのも有効な方法です。特に、ガラスのように光を透過する対象物体などに対して粉末を塗布することで、拡散反射面として扱うことができますので、照度差ステレオを用いるアプローチにおいても有効です。
物体に関する様々な情報によって、中身を見ることなく内部構造を再現することは可能なのでしょうか?
内部構造はX線などを使って直接的に観察すれば再現は可能です。観察できない場合には、機械学習などを用いて推定するというアプローチになるかと思いますが、「正しく」再現できているかどうかは、学習データに依存するという話になるかと思います。
応用方法として、透過光を用いたより正確な人体内状況の把握を考え付きましたが、先生はこの技術についてどのような応用方法をお考えでしょうか?
透過光を用いた研究は、私のグループでは実施していませんが、十分に可能性があると思います。X線などを利用する方法は既に多くのアプローチがありますし、人体内部に侵入する波長帯(赤外光など)の利用もあるかと思います。
食べ物の香りや川の流れる音なども、写真から読み取って再現することは可能でしょうか?
香りや音などは画像に含まれない情報になりますので、直接的には困難です。一方で、このような画像(映像)ではこのような音が聞こえるはず、といったような事前知識データがあれば、それを元に画像と音、あるいは香りを対応付けることは可能と思います。
<実際の作業・計算時間・機器等について>
先生のデータ駆動型アプローチでは、今回示していただいたような形状ですと、先生の研究室の環境でどれくらいの時間で複製できるのでしょうか?
撮影は数分ですが、計算には少しスペックの高めのPCを使って、猫の置物の例では2、3時間かかります。
三次元復元するのに写真は何枚くらい撮影しますか?
対象物体の形状の複雑さや大きさにも依存しますが、今回お見せした例ではいずれも120枚程度の画像を撮影しています。
三次元形状を推測するのに写真の画質・新しさなどは関わってきますでしょうか?
ディジタル画像で言うと、一般に新しい画像のほうが解像度が高いという点で、高精細な三次元形状を推定する際には有利であると言えます。しかしながら、古いディジタル画像でもノイズレベルなどが十分に低ければ、形状推定の際に問題となることはありません。
照度差ステレオで使う写真を撮る際、その写真がぶれて綺麗に撮影できなかった場合、もう一度撮り直しという状況になることはありますか?
ぶれてしまった場合には撮影し直す必要がありますが、通常の照度差ステレオのセッティングでは、カメラと対象物体は固定しますのでぶれるケースというのは稀かと思います。
機材の簡素化が課題とありましたが、一家に一台おけるようになるビジョンはありますか? 複雑すぎて不可能ということはないですか?
カメラやコンピュータのように、以前は大型であったものが小型化していくというのは多々あるかと思います。照度差ステレオのための計測装置も、同様に可能性はあると考えています。今回お話した照度差ステレオとは異なる技術ですが、スマートフォンのカメラとLEDライトを用いたコンパクトな撮像方式に関する研究も進めています。
論文へのリンク:http://cvl.ist.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/2022/04/cao2022shape.pdf
Shape and Albedo Recovery by Your Phone using Stereoscopic Flash and No-flash Photography, X. Cao, M. Waechter, B. Shi, Y. Gao, B. Zheng, F. Okura, Y. Matsushita, International Journal of Computer Vision (IJCV), 2022.
「従来の方法」と「新しい方法」での性能差はよく分かりました。しかし新しい方法は多視点+照度差なので従来より遥かに長い計算時間を要するように感じたのですが、何倍くらいの時間がかかるのですか?
多視点ステレオ法の上に照度差ステレオ法が加わってくる形になります。現在、照度差ステレオ法の計算コストは、多視点ステレオ法のために必要な計算コストより何倍も小さく、計算時間はほとんど変わりません。一方で、撮影時に異なる光源下で撮影する必要がありますので、多視点ステレオに必要な画像枚数の数倍の画像が必要になるというデメリットがあります。
照度差ステレオ法における3Dモデルの作成では、異なる光源下で撮影された画像が必要になるとのことですが、どれほどの大きさのものまで3Dモデルにすることができるのでしょうか?(人工の光源では照らせないほどの大きさなど)
私達のグループの成果ではありませんが、太陽光を利用して屋外物体を対象に照度差ステレオを適用するという研究があります。
将来的には実在の建造物を撮影し、入力することでよりリアルなCGを作成し、それらを組み合わせて観光のためのヴァーチャル・リアリティを作るようになるかもしれないと思っているのですが、例えば、東京タワーやエッフェル塔などの巨大な建造物を撮影し、コンピュータに計算させるとなると、どのくらいの時間がかかると思いますか?
大変良いお考えだと思います。計算量は解像度に依存しますので、大きな建造物をどのくらいの細かさで(1mmまでの分解能か、あるいは1cmくらいの分解能かなど)ディジタル複製するかで大きく変わってきます。今回お話した照度差ステレオ法では、ピクセル単位で法線を推定することが可能ですので、1ピクセルが実世界物体のどのくらいの領域に対応するかを考え、必要な分解能を決める必要があります。例えば、画像の横サイズが8000ピクセルのカメラで8m (=8000mm)の幅を持つ物体を撮影すると、1ピクセルあたり1mm程度の幅をカバーすることになります。また、計算コストは画像の枚数にもほぼ比例しますので、何枚の画像からディジタル複製を作るか、という点も考える必要があります。今回お見せしたディジタル複製結果は、おおよそ15cm (=150mm)四方に収まる物体を対象としており、それを6720 x 4480ピクセルの画像として撮影しています。これを約120枚程度撮影し、計算させるとGPU搭載の1台のパソコンで約1時間程度かかります。複数台のGPUやCPUを持つ計算機を使えば、その分早くなるということになります。ぜひ想定している対象でどのくらい時間がかかるのか見積もってみてもらえればと思います。
これほど高度な三次元ディジタル複製だと、多大なデータ容量がコンピュータに必要になってしまうと思うのですが、どうすればクオリティはそのままでデータを収縮することができるのでしょうか? もし、データ容量がそこまで必要ないならば、どのように設定しているのか教えてください。
ご指摘のとおり、データサイズは一つの課題となっています。今回お見せした例では、ひとつのモデルあたり約200~500MB程度のサイズになっています。クオリティを保ったままデータを圧縮することは大変重要なトピックであり、メッシュの簡略化やテクスチャの圧縮など、現在も様々な研究が進められています。
<応用について>
現実感のあるディジタル複製は、私達の生活の中でどのように活かすことができますか?
身近な物体のディジタル複製を簡単につくれるようになれば、現在私達が写真や動画を撮るように、三次元ディジタル複製をオンラインで共有したり、VR空間で表示したり、あるいは映画等の制作のためのコンピュータグラフィックスへ応用したり、様々なアプリケーションがあると思います。
ディジタルデータなどを利用し、私生活で活用する場面で、映画の3D制作なども応用できないかと思いました。応用はできますか? また、できるならどのような感じですか? 3D映画は3DXメガネなど必要なくなるのではないのかと思いました。
ディジタル複製した三次元物体を映画製作へ応用することは可能です。ディジタル複製データをコンピュータグラフィックスによるレンダリング(描画)パイプラインに乗せることで、画像や映像の製作ができます。立体視のためのメガネが不要になるかという点に関しては、こちらは映像提示の技術の話になりますのでコンテンツ作成技術とは少し異なるのですが、映像提示技術も活発に研究が進められています。
スポーツ、ゲームのキャラクター、アバター等はとてもリアルですが、このような技術が用いられているのでしょうか?
現在のコンピュータグラフィックスのキャラクタ作成にも、今回お話したような技術の一部が使われていると思います。これがもっと進むと、現実と見分けがつかないほどのリアリティになっていくと考えられます。
先生の研究されている三次元ディジタル複製を使って、病院などの医療施設がない遠隔地で起こったケガ等を三次元カメラに写し、早く適切な治療へ結び付けられないでしょうか?
大変興味深い応用だと思います。世界中で、ウェブカメラやスマートフォンなどを用いて健康状態を遠隔へレポートしたりなどのヘルスケアアプリケーションが盛んに開発されています。現状は私達のデバイスは大きいのですぐにということはないですが、形状や見え方などの情報をより多く収集できるようになれば、このようなアプリケーションに有用であると考えられます。
現実をディジタル化する技術がより発展することで、VRの世界をより現実に近づけることや、視力を失ってしまった方々の目の代わりとしてこの技術を用いた人工の目を作ることで、生活の支障を軽減することもできるのですか?
ご質問のとおり、現実をディジタル化する技術が発展することでVR世界をより現実に近づける(現実感を増す)ことは可能です。また、ディジタル化技術が発展することで、環境を三次元的に認識する技術が高度化しますので、人間の目の代わりとして環境認識をするようなコンピュータビジョンのアプリケーションへも貢献できます。
今後の利用について、今後の技術の発展で奥行きのある絵をVRにすることができれば、今まで分からなかった平安時代や江戸時代の絵からさまざまな新しいものを復元できるのではないでしょうか? やはり実物がなければディジタル化は難しいのでしょうか?(絵は無理ですか?)
今回のお話した技術とは異なるもので、私達の研究ではないのですが、射影幾何を用いて絵画から奥行きを推定する試みがあります。ご興味があれば以下の論文を検索してみてください。
Single View Metrology, A. Criminisi, I. Reid, and A. Zisserman, International Conference on Computer Vision (ICCV), 1999.
先生はこの技術をどのようなものに利用して欲しいですか?
特に興味を持っているのは、VRへのアプリケーションです。現実感を持ったVR空間ができれば、多様なコンテンツを今までにない臨場感を持って楽しむことができるようになると思います。また、簡単に三次元ディジタル複製を作成し、遠隔へ転送し、そして受け手側でプリントすることで、三次元形状のやり取りが簡便化されて、様々なビジネスの効率化(例えば部品の発注・納品の効率化)が進むことを願っています。
ディジタル複製が与える社会へのデメリット(良くない点)はあると思われますか?
画像や映像と同様に、著作権の問題が起こることは十分に想像されます。また、ディジタル複製から3Dプリントによって実物と同じ複製ができてしまうと、新たな問題が起こりうると思います。これらの将来的な課題についても積極的に取り組む必要があると考えています。
<その他>
人間の奥行きの感じ方(遠近法)はあくまでも脳の働きから出た錯覚ではないでしょうか。つまり人間が知覚する三次元形状さえ本当か分からないのでは?
実際の立体物を見て奥行きを感じる場合と、その写真を見て奥行きを理解するというのは少し異なる状況になります。これは、実際の立体物は三次元の形状を持っているのに対して、写真は二次元平面にプリントされたものであり形状としては平面であるからです。写真からでもシーンの奥行きを認識できるのは、実際には存在しない奥行き情報を人間の過去の知識や経験などから補っているからであると言われています。これを利用して、錯覚(錯視)を生じさせるだまし絵を作ることができるという点では、錯覚によって奥行きを感じることはあると言えます。
人の認識は絶対なのでしょうか? 先生にとって「見える」とは?
人間がものを見る時、目に届いた光の情報を脳が処理することで認識という機能が実現されます。したがって、人間による認識機能は脳の処理に依存するものであり、絶対ということはありません。難しい質問ですが、私にとって「見える」とは皆さんと同様であると思いますが、光を感じることかと思います。
今、先生が考える「どうして人間ができることをコンピュータがすると難しくなるのか」の答えを教えてもらいたいです。事前知識データとはどのようなものですか?
人間の実世界認識機能が優れている理由として、人間は目を通じて得られた視覚情報と過去に獲得した知識の両方をうまくあわせて認識しているからであると考えています。コンピュータによる認識精度も年々上がってきており、限られたデータセットの中では人間を超えたという話もありますが、まだまだ人間のレベルには到達できていないと感じています。この理由は脳と計算機の構造の違いに起因する点と、視覚情報と事前知識のあわせかたの違いによるものではないかと考えています。今回お話した事前知識データというのは非常に限られたコンテキストではありますが、物体の反射率のデータセットや法線候補の集合に相当します。これを用いて、例えば、おおよその物体の反射率はデータセット内に含まれる反射率の組み合わせで表現できるだろう、というような仮定を置くことで問題を解ける形に帰着しています。
コンピュータの三次元の形状推定が人間を超えることはあるのでしょうか?
人間の三次元把握能力は実はあまり正確なものではありません。例えば、3m先にあるものをぴったり3m先にある、と言える人は少ないと思います。この点では、コンピュータとセンサによる測距や形状推定精度は既に人間を超えていると言えます。
今回は、視覚に注目をあてられていましたが、他の人間の第五感をディジタルツインによって活発にすること(例えば、バーチャルの世界でザラザラしていると思ったものに触れ、ザラザラしていると感じることなど)は現在どこまで可能になっているのでしょうか? また、いつ、どのくらい可能になるとお考えでしょうか?
視覚以外の感覚、例えば触覚、嗅覚などに関しては私の専門を超えるのですが、これらに関する研究も活発に行われています。
どのようにして自らの研究分野を決めましたか?
コンピュータビジョンという研究分野に初めて出会ったのは、博士課程の学生の時でした。博士課程在籍時の恩師や先輩の話を聞くうちに強く興味を持つようになったのがきっかけです。研究分野を決めた、というよりは、様々なトピックに触れていくうちに自ずと自分の興味の方向性に気付いた、という感じでした。
大阪科学賞 運営委員会事務局






