• 第41回(令和5年度)

    大阪科学賞(OSAKA SCIENCE PRIZE)受賞者の横顔

     

    藤野  修 (ふじの おさむ)   49歳

     

    現職: 京都大学大学院理学研究科 教授

    https://www.math.kyoto-u.ac.jp/~fujino/

    略歴:

    1997年 3月  京都大学理学部理学科卒業

    1999年 3月  京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻

              数理解析系博士前期課程修了

    1999年 4月  日本学術振興会特別研究員DC1

    2000年 3月  京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻数理解析系

              博士後期課程修了

    2000年 4月  京都大学数理解析研究所 助手

    2003年 4月  名古屋大学大学院多元数理科学研究科 助教授

    2007年 4月  名古屋大学大学院多元数理科学研究科 准教授

    2008年10月  京都大学大学院理学研究科 准教授

    2016年 4月  大阪大学大学院理学研究科 教授

    2021年 4月 - 現在 京都大学大学院理学研究科 教授 

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  • 研究業績:小平消滅定理の一般化と代数幾何学への応用

     

    代数多様体とは、大雑把に言うと、有限個の多項式の共通零点集合のことです。高校の教科書に出てくる円、楕円、放物線などは代数多様体です。もっと簡単な平面上の直線も代数多様体です。高校では主にxy平面上で幾何学図形を考えます。これは二次元の空間内で一次元の代数多様体を考えることに対応します。xyz空間の中の球面も代数多様体です。これは三次元空間内の二次元の代数多様体です。このように代数多様体は素朴な幾何学的対象です。ここで変数の数を増やしてみましょう。幾何学的には高次元の空間を考えることになります。高次元の空間内で複数の代数多様体の交わりを考えます。私たちはこのような幾何学図形を日々研究しています。日本人フィールズ賞受賞者3名の仕事も高次元代数多様体に関するものです。残念ながら高次元の代数多様体は絵に描くことができません。そこで私たちは抽象的な数学理論を展開します。高次元代数多様体論の究極目標の一つは双有理分類という大雑把な分類を完成させることです。現在の標準理論は、森重文によって1980年代に創められた森理論や極小モデル理論と呼ばれるものです。私は小平の消滅定理と呼ばれるコホモロジーの消滅定理の一般化を確立し、広中の特異点解消と小平消滅定理の一般化を駆使して森理論の適用範囲を究極的に拡張するという仕事をしました。ホッジ理論的な観点からは理論の混合化を実行したことになります。これにより、従来不可能であったぐちゃぐちゃに潰れた高次元代数多様体の研究も可能になり、代数多様体の退化や特異点の研究などに応用されています。このような基礎研究が実社会で応用される日が来ることを夢見ています。

  • 第41回大阪科学賞 記念講演

     

    高次元代数多様体の双有理分類目指して

    京都大学 大学院理学研究科 教授
    藤野  修

     

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    図1 研究室

     

     

    代数多様体とは? 

     代数多様体とは、大雑把に言うと、有限個の多項式の共通零点集合のことです。高校の教科書に出てくる円、楕円、放物線などは代数多様体です。円は xy 平面上で x2 + y2 - 1 = 0 と表せます。 x2 - y = 0 を満たす点 (x,y) を平面上にかくと、高校の教科書で見慣れた放物線が現れます。これらは2次元の空間内で1次元の代数多様体を考えていることになります。 x3 - y2 = 0 を xy 平面上に書くと、原点のところで尖った図が出てきます。これも代数多様体です。平面上の直線 x + y + 1 = 0 も1次元代数多様体の例です。中学で連立一次方程式を学びます。例えば

    数式1

    のようなものです。これは鶴が1羽で亀が5匹の場合の鶴亀算を中学生風に書いたものです。幾何学的には2本の直線の交点を求めることに対応します。点は0次元の代数多様体です。ここで変数の数を増やしてみましょう。幾何学的には高次元の空間を考えることになります。 xyz 空間内で x2 + y2 + z2 - 1 = 0 を考えると球面がでてきます。この例は3次元空間内の2次元の代数多様体です。 xyz 空間内で

    数式2

    のようなものを考えてみましょう。これは球面を平面で切ったものになり、円がでてきます。変数をどんどん増やすともっと高次元の幾何学図形を考えることになります。もちろん絵には描けなくなりますが、頭の中で図形を想像してみてください。連立一次方程式で変数の数を増やしたものは、大学一年生の線形代数学の講義で詳しく扱われます。線形代数学は経済学や機械学習でも日常的に使われており、さまざまな学問の基礎になっています。高次元の代数多様体は上で述べたように素朴な幾何学的対象ですが、残念ながら絵に描いたりすることはできません。そこで我々は抽象的な数学理論を駆使し、代数多様体の形を理解するために研究を続けております。高次元代数多様体論の究極目標の一つは双有理分類という大雑把な分類を完成させることです。

     

     

    代数幾何学の歴史 

     代数幾何学の歴史は古いです。デカルトの方法序説(17世紀です!)にはじまると言われることもあります。19世紀にはリーマンによるリーマン面の理論、19世紀から20世紀にかけてはイタリア学派による代数曲面論があります。これら古典的な仕事はとても価値のあるものでしたが、直感に頼る部分もあり、現代の視点からは不十分な研究でした。20世紀半ばにはグロタンディークによる代数幾何学の基礎の刷新が実行され、代数幾何学はとても抽象的な理論になってしまいました。その一方で、小平邦彦による複素解析曲面論、1960年代には広中平祐による特異点解消定理、1970年代には飯高茂による飯高プログラム、1980年代には森理論と代数多様体の双有理分類に関する重要な仕事が続きます。21世紀に入ってからの発展も凄まじい状態です。ちなみに、小平、広中、森の3名は数学の最高の賞であるフィールズ賞を受賞しています。代数多様体の研究は日本のお家芸の一つでありました。

     

     

    代数多様体の双有理分類 

    すでに述べましたが、代数多様体論の究極目標の一つは、代数多様体を双有理的に分類することです。代数多様体 X と代数多様体 X' が双有理同値であるとは、XX' は大体のところで同じものであり、端っこの方だけで異なるという感じです。一般に代数多様体 X が与えられると、X には特異点と呼ばれる潰れた点や重なった点が現れます。前に説明した x3 - y2 = 0 の原点は特異点です。広中の特異点解消定理によると、X に有限回爆発と呼ばれる操作を施すと X と双有理同値な代数多様体 X'で特異点のない物を作ることができます。特異点のない代数多様体を非特異代数多様体と呼びます。非特異代数多様体はつるつるすべすべな感じです。非特異な代数多様体 X が与えられると、有限回のフリップと因子収縮と呼ばれる操作の後、森ファイバー空間か極小モデルになると予想されています。この部分は極小モデル理論や森理論と呼ばれ、多くの場合に予想は解決されていますが、まだまだ未解決の部分も多い話です。爆発、フリップ、因子収縮は双有理同値を引き起こすことに注意してください。広中の特異点解消定理は、代数多様体のぐちゃぐちゃに潰れたり重なった部分を爆発することにより、図形を膨らませるイメージです。有限回の爆発のあと、どんな代数多様体もつるつるすべすべの非特異と呼ばれる状態になります。非特異な代数多様体には森理論を適用し、不必要に膨らんだ部分を潰していきます。まだ完全には解決していませんが、有限回の操作の後、不必要な膨らみがなくなった森ファイバー空間か極小モデルに到達すると考えられています。森ファイバー空間と極小モデルは比較的良い性質を持った代数多様体なので、上の予想が解決できれば、代数多様体の双有理分類の研究はこのような良い性質を持った幾何学図形の研究に帰着できるわけです。高次元代数多様体論ではいろいろな研究がなされていますが、森理論や極小モデル理論と呼ばれる理論を完成させることが一つの目標になっています。

     

    図2 爆発による特異点解消のイメージ

    図2  爆発による特異点解消のイメージ

    図3 フリップと因子収縮のイメージ

    図3  フリップと因子収縮のイメージ

     

     

    数学者の日常 

     だんだんと数学の話が難しくなってきたので、ここでちょっと話をかえます。数学者は一体全体日々どんな感じで研究しているのだろうか?と疑問に思わないでしょうか。1ページ目の写真は私の研究室です。数学教室では准教授以上は個室が与えられております。教授を頂点とした「藤野研究室」というようなグループは存在しません。私は何度か大学を移っていますが、研究室の本棚の本を段ボールにつめて送るだけです。研究室の立ち上げや実験設備の整備などは必要ありません。数学者のオフィスには大抵黒板があります。本棚には大量の書籍が積んであります。もちろん全部読んだわけではありませんが、数学の研究では大量に文献を読む必要があります。パソコンは論文執筆やメールのやり取り、ネットでの情報収集に使いますが、私はそれ以上のことには使いません。私の場合はオフィスで研究が進むことは皆無で、通勤電車の中や歩いているとき、あるいは自宅でごろごろしているときなどにうまいアイデアが浮かぶことが多いです。大学数学科の日常を知るには絹田村子さんの『数字であそぼ』なる漫画がお勧めです。

     

     

     

    小平の消滅定理の一般化 

    今回の受賞理由である小平消滅定理の一般化について述べたいと思います。小平の消滅定理の一般化は色々と考えられてきましたが、高次元代数多様体論の観点からは、以下の定理が究極形の一つだと思います。

     

     定理.( X, Δ ) を単純正規交叉対とし、f: XY を固有射とする。 Δ の係数は 0 以上1 以下とする。 LX 上のカルティエ因子とし、L - (KX + Δ) を f-半豊富と仮定する。

     このとき

     

     

    小平の消滅定理の一般化 

    今回の受賞理由である小平消滅定理の一般化について述べたいと思います。小平の消滅定理の一般化は色々と考えられてきましたが、高次元代数多様体論の観点からは、以下の定理が究極形の一つだと思います。

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     上の定理を理解するためには、残念ながらとてもたくさんの準備が必要です。この定理を使うことにより、極小モデル理論の適用範囲を究極的に拡張することができます。従来の極小モデル理論は穏やかな特異点しか持たない代数多様体にのみ適用可能でした。上の定理を使うと、ぐちゃぐちゃに潰れた代数多様体も扱うことが可能になります。もう少し専門的に述べると、ホッジ構造的には、従来の枠組みは『純』な理論であり、今回『混合』化に成功したことになります。さらに最近は上の定理を複素解析的な設定にまで拡張することに成功しました。その結果、極小モデル理論の適用範囲を代数多様体の世界から複素解析空間の世界に広げることも可能になっています。ぐちゃぐちゃに潰れた代数多様体を扱えるようになった副産物として、以下の決定的な結果も得ました。

     

     定理.安定多様体のモジュライ空間は射影的である。                                                     

     

    安定多様体のモジュライ空間はコンパクトな代数空間であることが知られていましたが、上の定理でモジュライ空間は射影代数多様体であることが示され、安定多様体のモジュライ空間を構成するという長年のプロジェクトは一段落ついたことになります。

     

    最後に

    さっぱり分からない話をしてしまったかもしれません。数学に興味のある人は、ぜひ大学の数学科に来てください!

     

  • 用 語 集

     

    フィールズ賞

    4年に一度40歳以下の数学者(2名以上4名以下)に与えられる賞です。ノーベル賞には数学部門がないので、フィールズ賞が数学の世界では最高の賞と考えられてきました。最近は色々な国際的な賞が増えていますが、現在でもフィールズ賞は数学の最高の賞です。日本人はこれまで3名が受賞しています。

     

    小平消滅定理

    ある種の条件が満たされるとコンパクト複素多様体上の層係数コホモロジーが消えると主張する定理です。小平邦彦先生はこれらの業績で1954年に日本人初のフィールズ賞受賞者になっています。小平の消滅定理とその一般化は高次元代数多様体論の基本的道具の一つです。

     

    広中の特異点解消定理

    一般の代数多様体は、部分的に潰れていたりぐちゃぐちゃに重なったりしています。広中の特異点解消定理は、どんな代数多様体も爆発という操作を有限回繰り返すと、必ず非特異と呼ばれるツルツルすべすべの状態にできると主張しています。広中平祐先生はこのお仕事で1970年に日本人二人目のフィールズ賞受賞者になっています。広中の特異点解消定理を証明した論文は200ページを超える長大なものであり、広中の電話帳と呼ばれていたそうです。

     

    森理論

    1980年あたりの森重文の驚異的なアイデアから始まった一連の研究を森理論と呼びます。森はハーツホーン予想と呼ばれる予想を解決し、そのアイデアから端射線の理論を創り、3次元で極小モデルが存在することを証明しました。森重文先生はこの一連のお仕事で1990年に日本人3人目のフィールズ賞受賞者になっています。現在は端射線を使った高次元代数多様体の双有理分類理論を極小モデル理論と呼ぶことが多いです。

     

    ホッジ構造

    非特異射影多様体のコホモロジーにはホッジ構造と呼ばれる構造が入ります。これは純ホッジ構造と呼ばれるものになっています。一般の代数多様体のコホモロジーには純ホッジ構造は入らないのですが、混合ホッジ構造と呼ばれる純ホッジ構造を拡張したものが入ります。