第42回(令和6年度)
大阪科学賞(OSAKA SCIENCE PRIZE)受賞者の横顔
略歴:
1999年3月 鹿児島大学工学部応用化学工学科 卒業
2001年3月 鹿児島大学大学院理工学研究科応用化学工学専攻
博士前期課程 修了
2003年9月 鹿児島大学大学院理工学研究科物質生産工学専攻
博士後期課程 短期修了
2003年4月 日本学術振興会 特別研究員
2004年1月 スウェーデン ルンド大学大学院免疫工学専攻 客員研究員
2005年4月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 特任助手(常勤)
2006年8月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 助手
2007年4月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 助教
2008年10月 科学技術振興機構さきがけ「界面の構造と制御」研究者(兼任)
2015年10月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 准教授
2015年10月 科学技術振興機構さきがけ「統合1細胞解析」研究者(兼任)
2019年8月 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 教授
研究業績:組織工学における細胞統合技術の先駆的研究
再生医療の究極的な目標は、ヒトの組織や臓器を体の外で再構築して患者さんに移植することです。また、ヒトの組織や臓器を再現できると、病気の治療薬の開発にも活用することができます。現在は実験動物が用いられていますが、ヒトと動物の種差により、得られた結果がヒトと一致しないことが課題となっています。動物愛護の観点からも実験動物に代わる手法の開発が求められています。組織や臓器は、「細胞」と細胞が接着するための足場である「細胞外マトリックス(ECM)」というタンパク質で構成されており、細胞と足場材料を組み合わせて組織構造を再現する技術を「組織工学」と呼びます。これまで様々な組織工学技術が開発されてきましたが、主に組織形状の再現に注目して研究されてきたため、最も重要な「組織機能の再現」はこれまで困難でした。私たちは、生体では細胞がECMを産生しながら増殖・分化することで複数種類の細胞が秩序だった構造を構築することに着目し、細胞とECMを協同的に育てることで、細胞同士が接着した立体的な層構造を作ることに成功しました。また、ECMの種類や物性を変えることで、より複雑な血管構造やがん組織構造を再現できることを見出しました。これらを用いることでヒトの薬物応答性を再現できることが確認されたため、特にがん組織はがん個別化医療への応用を目指した臨床試験を行っています。さらに、ヒトの細胞からウシの細胞に変え、本手法を3Dプリンターに応用することで霜降り牛肉の筋線維や脂肪線維を再現し、これらを束ねることで、個人の好みに合った培養牛肉を作製できる新しい技術を開発しました。これら一連の技術は、これまで困難であった組織機能を再現できる革新的な組織工学技術として医療や創薬、食料分野への応用が期待されています。
第42回大阪科学賞 記念講演
機能するヒト・動物組織の再構築を目指した新しい細胞統合技術の開拓
大阪大学大学院工学研究科 教授
松﨑 典弥はじめに
皆さんご存知のように、山中先生により人工多能性幹細胞(iPS細胞)が発見され、再生医療に応用することが期待されています。実際に患者へ移植する臨床研究が行われ、新しい治療技術として選択できるようになりつつあります。では、再生医療の究極的な目標は何でしょうか?それは、ヒトの組織や臓器を体の外で再構築して患者さんに移植することです。また、ヒトの組織や臓器を再現できると、病気の治療薬の開発にも応用することができます。現在は実験動物が用いられていますが、ヒトと動物の種差により、得られた結果がヒトと一致しないことが課題となっています。また、動物愛護の観点からも実験動物に代わる手法の開発が求められています。
生体の組織や臓器は、「細胞」と細胞が接着するための足場である「細胞外マトリックス(ECM)」というタンパク質で構成されています。細胞と人工的な足場材料を組み合わせて組織や臓器の構造を再現する技術を「組織工学」と呼びます(図1)。これまで様々な組織工学技術が開発されてきましたが、主に組織形状の再現に注目して研究されてきたため、最も重要な「組織機能の再現」は困難でした。
私たちは、この課題を解決するため生体の組織構造ができる過程に着目しました。生体では、細胞がECMに接着し、自分でもECMを産生しながら増殖と分化を繰り返すことで複数種類の細胞が秩序だった構造を構築しています。そこで、細胞とECMを協同的に育てることで、生体組織のように秩序だった立体構造を有する組織体が構築できるのでは、と考え、「協同的組織工学」という新しい概念を考案しました。以下、三つの研究項目を段階的に研究することで概念の実証に取り組みました。
図1. 組織工学のイメージ
1.ナノ足場材料による細胞-細胞間の接着と複数種類の細胞の統合
組織形状の再現に注目して研究すると、なぜ組織機能を再現することが難しいのでしょうか?これは、細胞はわずか直径15 mmの粒子であるため、細胞だけでセンチメートルサイズの組織構造を作ることは困難だからです。そのため、組織構造の造形には足場材料が必要となります。しかし、足場材料の量が多くなると足場材料が細胞と他の細胞の隙間を埋めてしまうため細胞が孤立し、細胞同士が相互作用できなくなります。細胞は、他の細胞と接着して相互作用することで機能を発現することができます。つまり、細胞は一人では機能を示すことができず、他の仲間と一緒に細胞集団を形成することで初めて機能を発現できるようになります。
では、足場材料が少なすぎるとどうでしょうか?足場材料が無いと細胞は無秩序なただの凝集体となり、内部の細胞に栄養や酸素が届きにくくなるため内部細胞が死んでしまいます。そのため、およそ200 mm以上の大きさの秩序だった組織構造は得られません。このジレンマを解消し、「センチメートルサイズの機能する組織体」を実現するためには、新しい原理に基づいた組織工学技術が必要でした(図2)。
図2. 現在の組織工学が抱えるジレンマ
私たちはこの課題を解決するため、協同的組織工学という新しい概念を考案しました。細胞表面にナノサイズの足場材料を形成することで細胞間の接着を誘起して複数種類の細胞を統合し、さらにその足場材料がミリ~センチメートルサイズへ成長することで弾性や分子配向を産み出し、細胞が集団として配向して分化が促進されることで「機能する組織体」が得られると考えたのです。この概念を実証するため、まず細胞表面にナノメートルサイズの足場材料を形成し、細胞-細胞間の接着を誘起することに取り組みました。なぜナノメートルサイズの足場材料なのでしょうか?これは前述の通り細胞が直径わずか15 μmの粒子であり、細胞接着は細胞膜インテグリンとECMのナノレベルの相互作用であるため、マイクロメートルサイズ以上の材料を用いると細胞間の接着をむしろ阻害すると予想されたからです。
細胞表面にナノ足場材料を構築するため、私たちは交互積層法という手法に着目しました。これは、相互作用がある二種類の高分子やタンパク質の溶液に基板を交互に浸漬することで、分子一層レベルで膜厚が制御された薄膜を形成できる方法です。ECM成分であるフィブロネクチン(FN)はゼラチン(G)との相互作用配列を有しているため、FNとGの溶液に交互に浸漬することでFN-Gのナノ薄膜を細胞表面にコーティングできることが分かりました。この薄膜は水中で約20 nmのゲル状に膨潤しており、ナノ薄膜と細胞膜インテグリンとの相互作用が細胞表面で多点形成されるため、細胞間が密に接着した三次元組織体が作製可能であることを見出しました。「細胞集積法」と名付けた本手法は、線維芽細胞と血管内皮細胞を組み合わせると毛細血管を有する組織体が作製可能であり、また、その表面でがん細胞を培養することでがん細胞の血管侵入を再現できることが分かりました(図3)。
以上より、細胞の表面に形成したナノメートルサイズの薄膜(足場材料)が細胞-細胞間の接着を誘起し、細胞集団が組織体として機能することを見出しました。
図3. 細胞集積法と作製した毛細血管組織体およびがん細胞浸潤挙動の再現
2.マイクロ足場材料の硬さや配向の制御よる細胞集団の分化制御
細胞集積法で形成されたナノ足場材料は細胞-細胞間の接着の誘起には適していましたが、細胞の配向や分化誘導を制御することは困難でした。細胞の配向を誘導するためには、「①細胞接着性」と「②直径数μm、長さ数百μm以上の線維」の両方の性質を有する足場材料が必要と考え、ECM成分であるコラーゲンを平均長さ200 μmに解繊したコラーゲンマイクロファイバー(CMF)を作製し、CMFを細胞と混合して培養容器の中で培養する「沈殿培養法」を新たに考案しました(図4a)。CMFの量に依存して組織体中のコラーゲン密度(硬さ)を制御可能であり、血管平滑筋組織体や脂肪組織、血液脳関門ネットワークなど、各組織の分化や成熟化に最適な硬さに調節することができました。また、3Dプリント時のせん断応力によりCMFを配向させることで、CMFの配向に依存して毛細血管網を配向できることを見出しました。
これらの知見を踏まえ、より一軸配向性が重要な筋組織の構築に取り組みました。筋肉組織は、直径50 ~ 100 μmの筋線維の集合体です。特に、私たちが食べている和牛肉は、筋線維の間に脂肪線維が入った霜降り構造になっています。そこで、ウシの細胞を用いて筋線維と脂肪線維を作製し、金太郎飴の方法で各線維の配置を制御して束ねることで和牛肉の霜降り組織を再現する研究に取り組みました。直径1 mm以下の筋線維や脂肪線維を手作業で作製することは極めて難しいため、3Dプリンターを用いて各線維を作製することにしました。
和牛肉から筋線維に分化する幹細胞であるサテライト細胞と、脂肪細胞や血管内皮細胞に分化する脂肪由来幹細胞をそれぞれ採取し、フィブリンゲルにCMFを組み合わせて共に3Dプリンターで垂直方向にプリントすることで、直径0.5 ~ 1.0 mm、長さ1.5 cmの各線維を作製できました。3Dプリント時のせん断応力によりCMFが一軸配向するため、それに従って筋管や脂肪細胞が細胞集団として一軸配向性を示すことを見出しました。得られた42本の筋線維と28本の脂肪線維、2本の毛細血管線維の合計72本を束ねることで、1.0 cm四方、厚さ1.5 cmの霜降り構造を有する和牛培養肉の作製に世界で初めて成功しました(図4b)。本手法は、霜降りの量や構造をテーラーメイドで制御することができるため、消費者の好みや体調に応じて自分の好きな培養肉を作製できる革新的な技術です。
以上より、CMFを用いた沈殿培養法組織体の硬さや配向の制御が可能であり、細胞集団の分化や成熟、配向、移動に最適な条件を見出すことに成功しました。
図4. CMFを用いた沈殿培養法による毛細血管の配向制御(a)
および3Dプリントにより細胞の一軸配向性を制御した筋組織、脂肪線維、血管線維を束ねて作製された和牛培養肉(b)
3.成長する足場材料による協同的組織工学の実現
2の結果より、数百μmの長さを有するCMFが細胞集団の分化や配向の制御に適していることが明らかになりましたが、本手法にも限界がありました。CMFの長さは200 μm(0.2 mm)と短く、3Dプリント時のフィブリンゲル溶液にそれぞれのCMFが孤立して分散しているため全てのCMFを同じ方向に均一に配向させることが難しく、作製できる筋線維は1.5 cm程度の長さが限界でした。より長い一軸配向組織体を作製するためには更なる技術改善が必要でした。そこで、細胞集積法のようなナノ足場材料が細胞と共にミリメートルからセンチメートルサイズに成長し、細胞の分化や配向をより高度に制御できれば理想的な協同的組織工学が実現できると考え、細胞集積法の改善に取り組みました。
様々なECM成分の組み合わせをスクリーニングした結果、コラーゲンとヘパリンを細胞と組み合わせることで、わずか1分間混合して沈殿させるだけで90%以上の高収率で細胞表面に粘性のナノ足場材料を形成できることを見出しました(図5a)。Cell assembled viscous tissues (CAViTs)と名付けた本手法は、簡便に毛細血管を有する組織体を構築可能であり、患者がん細胞の培養と薬剤応答評価に応用できることを見出しました。
さらにスクリーニングすることで、ある高分子をコラーゲンと混合すると液-液相分離によりさらに強い粘性ナノ足場材料が形成され、それを引っ張ることで数十cm以上の紡糸ができることを見出しました。顕微鏡観察の結果、直径約5 mmのコラーゲンの微細線維が多数集合して一軸配向し、直径約500 mm ~ 1 mmのコラーゲン線維を形成していることが分かりました。このコラーゲン線維の形成は細胞存在下でも可能であり、ウシサテライト細胞共存下で線維形成することで線維の隙間に接着した細胞が増殖しながら分化誘導し、一軸方向に高度に配向した筋線維を10 cm以上作製できることを見出しました(図5b)。また、細胞の増殖と筋線維形成の過程でコラーゲン線維がより密に集合し、一軸配向性が高まることも分かりました。この「成長する足場材料」により、細胞と材料が協同的に組織体を構築する「協同的組織工学」を実験的に証明することができました。図5. CAViTs法の概要と患者由来がん細胞の培養(a)および成長する足場材料によるセンチメートルサイズの筋線維の作製(b)
4.まとめ
以上のように、私たちは、1.ナノ足場材料が細胞-細胞間の接着と細胞集団の形成に有用であること、2.マイクロ足場材料の硬さと配向が細胞集団の配向や分化、移動の制御に有用であることを見出し、3.それら両方の性質を満たした革新的な「成長する足場材料」を創製することで協同的組織工学という独創的な概念を提案し、センチメートルサイズの機能する組織体を達成しました。本成果を通じて示された協同的組織工学という概念は、再生医療分野や創薬分野だけでなく食品分野など様々な分野に大きな波及効果を示し、世界的にも高い評価を受けています。
本研究は独創的な新規概念に基づく基礎研究ですが、実用化への可能性が高く、社会実装を目指して様々な企業と下記の共同研究を行っています。
・一軸配向筋線維や脂肪線維は培養肉に展開しています。2023年3月29日に「培養肉未来創造コンソーシアム」(15社、2024年9月現在)を設立し、大阪・関西万博において大阪ヘルスケアパビリオンで半年間の常設展示が決定しています。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトにより2030年頃の社会実装を目指して研究開発に取り組んでいます。
・CAViTs法による患者がん細胞の培養は、がん個別化医療を目指した薬剤感受性試験へ応用し、2023年6月より大阪大学-TOPPANホールディングス-がん研究会の共同研究により臨床試験を開始しました。
・沈殿培養法による血液脳関門モデルは中枢神経薬の透過性試験へ応用し、日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトにより大阪大学-医薬品食品衛生研究所-医薬基盤・健康・栄養研究所-SCREENホールディングスの共同研究により2026年頃の事業化を目指しています。
これらの研究成果は、持続可能性が問われる現代社会の多様なニーズに合致しており、今後更なる応用展開が期待されています。
用 語 集
再生医療
機能不全や機能障害になったからだの組織・臓器に対して、細胞や人工的な足場材料を利用して、損なわれた機能の再生をはかる新しい医療です。色々な細胞に分化することができる幹細胞を患者のからだから取り出して増やし、足場材料と共に組織構造にしてから移植する方法が検討されています。最近では、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使った再生医療も注目されています。
組織工学
細胞と足場材料、生理活性分子という3つの要素を用いてからだの組織・臓器に近い機能と構造を有する組織体を構築する技術です。組織や臓器は一種類の細胞からできているのではなく複数種類の細胞で構成されているため、一般的な細胞だけでなく幹細胞やiPS細胞を用いて複数種類の細胞を組み合わせる必要があります。
細胞外マトリックス
からだの組織・臓器を構成する組織細胞は、タンパク質などの生体高分子にくっつく(接着)ことで増殖・分化することができるようになります。接着できない状態が続くと細胞は死んでしまいます。コラーゲンやフィブロネクチンに代表される細胞外マトリックスは、組織細胞が接着するために必要な特殊なアミノ酸配列を有しており、細胞膜表面の受容体と相互作用することができます。また、生理活性物質と相互作用する機能も有しているため、生理活性物質の貯蔵庫の役割もしています。
がん個別化医療
がん患者一人一人の遺伝子の変異状態により、抗がん剤の効き方(薬理効果)と副作用が大きく異なります。抗がん剤の種類は様々であるため、がん患者一人一人に最適な抗がん剤を選択することができれば、より高い治療効果が得られると期待されています。そこで、患者から摘出したがん組織からがん細胞を採取して体の外で培養し、抗がん剤を曝露することでどの抗がん剤が最も高い薬理効果を示すか明らかになり、個々の患者に最適な抗がん剤を選択できることを目指した研究が行われています。
大阪科学賞 運営委員会事務局